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吾輩は猫になっちゃった

   ● 【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第20話
   ● 【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第17話
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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第20話

<<これまでのお話>>

はじめに


第1話><第2話><第3話><第4話><第5話

第6話><第7話><第8話><第9話><第10話

第11話><第12話><第13話><第14話><第15話

第16話><第17話><第18話><第19話



<<第20話>>



 僕たちはおばさんが白い軽トラックに乗って帰って行くところを見送ると、トイレ経由で押入れに戻り、食後のグルーミングをした。

 

 何から話せば良いのだろう。

 

 グルーミングをしながら何から話すべきか、どう説明すべきかずっと考えていた。しかしあまり考えていると、食後だしすぐに眠くなってしまう。とにかく早く話さなければ。

 

「ママ。」

「何?坊や。」

「あのね、お話しがあるんだけど。」

「何かしら。お話しって。」

「驚かないで聞いてほしいんだけど…。」

ふー。と一旦深呼吸してから僕はママの目をまっすぐに見て話し始めた。

「ずっと話すかどうか迷ってたんだ。…実はね。僕、人間の生まれ変わりなんだ。」

「え?人間?」

ママは首を一瞬かしげる。

「僕はね、ママに産んでもらう前、人間だったんだよ。」

「そうなの…。」

もっと驚くかと思っていたけれど、ママがそれほど驚かなかったことに逆に驚く。

「あれ?びっくりしないの?」

「いいえ、ちょっとびっくりはしたけれど、なるほどね。と思ったのよ。」

「なるほどね…?」

「そう。私もいつか話さなきゃと思っていたのだけれど…。実はね、坊やを生む前の日。ふと目が覚めると目の前に神様がいたの。」

「神様…?」

「真っ白くて大きな猫の神様がね『サクラ。お前に使命を与える。』って言うのよ。」

「猫神様だ…。」

猫神様の顔が一瞬脳裏をよぎった。

「使命って何ですか?って聞き返すと、そのままぼんやり消えてしまったの。そして次の日、急にお腹が痛くなってこのまま私は死んでしまうのかしら。と思ったら坊やが生まれたのよ。」

「えええええええ!!」

僕の方がびっくりした。綾さんがママは不妊手術をしているので、僕はママの子じゃないと言ってから、僕を産んだのは別の猫かもしれないと思っていたからだ。しかしママは不妊の体で聖母マリアのごとく神の啓示とともに受胎し、翌日僕を出産したというわけだ。だから僕には父猫がいないし兄弟もいない。今までのモヤモヤが一瞬で晴れた。

「坊やは赤ちゃんなのにすぐにしゃべれるようになったし、頭は良いし、色々知っていたから。あなたは神様から授かった神の子だと思ってたのよ。」

「そうだったんだ…。」

「ごめんなさい。遮っちゃって。お話しの続きを聞かせて。」

「うん…。」

 

 僕はもう一度深呼吸をして話し始めた。

「僕はね、青山創太っていう人間の高校生だったんだ。」

「あおやまそうた…。」

「ここの、緑雲荘のじいちゃんとばあちゃんの孫なんだよ。」

「孫?」

ママは今度は本当に驚いたようで、その大きな目をより大きく見開いた。

「僕は、ここに人間のときに何度か来たことがあるんだ。ママとはほとんど会わなかったけれど。」

「おじいさん、おばあさんの孫…。」

「そう。男の子だよ。覚えてる?」

ママは目をつむって一生懸命思い出そうとしているようだ。

「親父がね、猫が大嫌いだったから、ママはいつも僕らのことを避けていたように思う。」

「ああ!思い出したわ!怖かったから近づかないようにして、遠くから見ていたわ。あの男の子が坊やなの…。」

「うん…。」

 

 そして僕は普通の男子高校生だったこと、自転車で転んでトラックに轢かれてしまったこと、三途の川に行ったこと、猫神様とのやりとりをママに話した。

「そうだったの…。私はあなたを生む使命、そしてあなたは猫として生きる試練を神様に授かったのね。」

「そうなんだ。」

「でね、大事な話がまだ2つあるんだ。」

「大事な話?」

「そう。大事な話。どうしてもママに話さなくちゃいけないんだ。」

一呼吸置いてからゆっくりと話しはじめた。

「まずひとつ目だけど。…ばあちゃんはもう亡くなっているんだよ。」

「えっ!?」

とママは口を半開きのまま絶句してしまった。

「ばあちゃんはね、去年の夏に運ばれた病院で亡くなったんだ。」

「うそ!だってお葬式だってしてないし!」

ママは少し興奮した感じで言い返してきた。先ほどまでとは打って変わって信じられないという顔をしている。

 

 それもそのはずだ。じいちゃんが亡くなった時は緑雲荘で葬儀をしたし、ママがじいちゃんの亡骸に悲しそうに寄り添っていたのを何度か見ている。しかし、ばあちゃんが亡くなった時、同じく緑雲荘で葬儀をしたのだがママの姿はどこにもなかった。当時はサクラは世話をしてくれる人がいなくなったので、もうどこかに行ってしまったのだろうと話していたのだが、この前綾さんの家にいる時、その理由に気が付いたのだ。

「ママがね、知らない人に何か食べ物をもらって、食中毒になって病院に行って、病院と綾さんのおうちに何日かいたでしょ?多分その時に、ばあちゃんのお葬式をしたんだよ。だからママが帰ってきたときにはもう、ばあちゃんはいなかった。もう、ばあちゃんはいくら待っても帰って来ないんだ。」

「…そうだったのね…。おばあさん…。ごめんなさい。」

ママの目からは涙が溢れてきた。ママはその涙を切るように強く瞼を閉じて、布団に顔を擦りつけるようにしてすすり泣いた。

「ママ…。」

なぐさめるようにママの顔をしばらく舐めていた。

 

 少しするとママは顔を上げた。

「ごめんなさい…。もしかしたら、そうなのかもしれないと思っていたのだけれど、信じたくなかったし、おばあさんを待つことが私の生き甲斐みたいになっていたから。」

「わかるよ…。」

「…いいわ。続きを聞かせて。」

「もう1つね。僕はね、東京までどうしても帰らないといけないんだ。」

「とうきょう?」

「うん。東京。そこに母ちゃんがいるんだよ。」

「人間のお母さんね?」

「そう。人間の。」

「そこは遠いのかしら。」

「うん。めちゃくちゃ遠いよ。」

「会いたいのね、お母さんに。」

「うん。会いたい。会いたいし心配なんだ。それにきっと東京へ行くのが僕の試練なんだと思う。」

「そう…。わかったわ。私が力になるわ。」

そう言うとママは僕を抱きしめた。

「ありがとう。ママ。」

 僕はママに抱きしめられたまま眠りに落ちていった。

 

 目覚めると、二人で交互に僕が人間だった時のことや、じいちゃんばあちゃんのことなどをいっぱい話した。じいちゃんやばあちゃんの話は懐かしくもあり、少し悲しくもあった。僕が全く知らないじいちゃんとばあちゃんのエピソードがいっぱいあったし、二人がママのことをまるで我が子のように愛し、可愛がっていたことが本当によくわかったからだ。

 

 それから、僕らはこれからどうするべきか話し合った。ママはばあちゃんが帰って来ないとわかった今となっては、緑雲荘が名残惜しくはあるけれど、ばあちゃんを待つ必然性が無くなったので、いつ旅立っても良いということだった。

 

しかし課題がいくつか出てきた。

 

 まず第1の課題。それは毎日僕らの面倒を見て倒れてしまった綾さんに負担にならないようにする。ということ。
 第2の課題は、綾さんに心配をかけずにいかにして綾さんのもとから旅立つかということ。きっと綾さんはいきなりいなくなったら心配して僕らを探すに違いない。

 そして最大の課題は、どうやって東京まで行くのか。ということだった。

 

 しかし、一人で思い悩んでいるよりも二人で考える方がやはり良いアイディアというのは出るもんで。二人よればもんじゅの知恵!ん?

 

 こうして僕らはある作戦を思いつき、実行に移すことになる。



次話⇒<第21話


※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第17話

<<これまでのお話>>

はじめに


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第16話



<<第17話>>


 僕とママは綾さんのいるリビングへと向かった。この部屋は先ほど入ってきたときに通った部屋だ。キッチン兼リビングになっていて、だいたい8畳くらいはあるのだろうか。寝室よりも若干広い感じがする。

 中央にはこたつ。キッチンの反対側にはテレビやDVDデッキ、本棚などもあるのだが、やはり質素な感じで無駄が無い。

 

 綾さんはこたつの脇にお盆を置き、その上にお水の器とママのごはん、僕のごはんを置き、自分のごはんをこたつの上に並べた。

「さぁ、食べて。ココアくん、まだ気持ち悪いかなぁ?食べれるかなぁ?」

綾さんはちょっと心配そうな顔をしている。

「大丈夫。もうお腹ペコペコだよ!」

と元気に答える。

「ん?どうしたの?いいよー。食べて。それともまだ気持ち悪い?」

僕が食べ始めないのを見て綾さんが言うが、実は僕たちは綾さんが着席して一緒にいただきますをするのを待っていた。

「綾さんも座ってください。」

ママが背筋を伸ばして言ったのに反応して綾さんが

「え?もしかして私を待ってるの?」

ちょっと驚いた顔をしてから

「ごめんごめん!」

と慌ててこたつに着席した。

「じゃ食べましょうか。いただきます!」

「いただきます。」

「いただきまーす!」

 

 3人で同時にごはんを食べ始めた。

「どう?おいしい?食べれる?」

と綾さんが食べながらこちらの様子をチラチラ伺う。

ママも

「坊や、ゆっくり食べてね。今日は痛かったでしょう。お注射したから気持ち悪くはないかしら?」

と時折声をかけてくれる。

「うん。大丈夫。おいしいよ!」

 やはりごはんはみんな一緒がいい。3人で顔を見合わせながら食事をするひとときというのは改めて格別な気がした。親父が死んでからというもの、食卓を3人で囲むことは無かった。母ちゃんは1人で2人分の仕事をしなければならず、日曜日以外ほとんど1人で食べていたからだ。なので食事と言うと、朝食はガツガツと猛スピードで掻きこんで一瞬で終わらせ、夕食はテレビを見ながらダラダラ食べる。というのがもっぱらだった。

 それに足湯で3人で食べるごはんも、オープンエアで気持ちいいし楽しいのだが、暖かい家の中でこうして3人で食べる食事はなんだかとてもありがたかった。

 僕はなんだかこの幸せなひとときをずっと味わっていたくて、いつもよりゆっくりと味わいながらごはんを食べた。

 

 そしていつものように「このお皿をもう洗わなくても使えますよ!」くらいキレイにペロペロ舐めたあと、僕とママはごちそうさまをした。

「良かった。ココアくん大丈夫そうね!」

「うん!全然大丈夫。ありがとう綾さん。ごちそうさまでした。」

 綾さんはまだ食事中だったので、僕たちは綾さんに寄り添うようにして食後のグルーミングをした。

 

 綾さんも食事が終わり

「ごちそうさま。」

と言うと、水の器を残して僕らの食器と自分の食器を片付けた。その手際の良さを見ていると

「綾さんは良いお嫁さんになるよなぁ。」

などと勝手につぶやいていた。

 綾さんは食器を洗いながらお湯を沸かし紅茶を淹れると、マグカップを持ってこたつに戻ってきた。

「さ、おいで。」

と綾さんがポンポンと両腿を叩く。

僕たちは足湯の時のように綾さんの左腿に僕。右腿にママが乗っかった。

綾さんは両手で僕たちを撫で、時折マグカップを口に運びながら話しかけてくる。

「今日は2匹ともお疲れ様でした。ココアくん痛かった?」

「うん。ちょっと怖かったよ。病院。それにさ、採血って首からするんだね。あれ超痛かったし!」

綾さんに猫語が通じないのはわかっていたが、僕は普通に綾さんの問いかけに答えた。

「痛かったよねぇ。ワクチンも打ったし。ぐったりしちゃう子も多いからね。もう大丈夫かしら。」

「うん。もう気持ち悪くないよ。」

「そう。大丈夫そうね。」

なんとなく会話がかみ合っている。

「明日一緒に病院に行って、採血の結果を聞いたら夕方にはおうちに帰ろうね。今日はここで1泊だけ我慢してね。」

「はい。」

「よし。じゃぁ暖かいおこたで暖まって。」

と綾さんはこたつ布団を持ち上げると、僕らをこたつの中へと導いた。

 こたつの中は真っ赤でとても暖かかった。食後にこの暖かさは反則だ。僕とママは一瞬で眠りに落ちてしまった。

 

 次に目覚めたのはドライヤーの音がきっかけだった。綾さんが食後にお風呂に入った後、髪を乾かしているのだろう…。って綾さんお風呂入ってたの!?早く言ってよ!

 居ても立っても居られなくなった僕はこたつの中でスヤスヤと眠るママを起こさないように静かにこたつの中から這い出して、ドライヤーの音のする方へと向かった。

 

 玄関を入ってすぐ左手のところに扉があり、少し隙間が開いている。どうやらそこからドライヤーの音が聞こえてくる。恐らくそこに洗面所とお風呂があるのだろう。僕は抜き足差し足、音を立てないように近づいて行った。

 綾さんは今、一体どんな格好をしているのだろう。バスタオルを巻いて髪の毛を乾かしている綾さんの姿を勝手に想像していたが、もしかしたら下着姿とかマッパ!なんてのもありうる!ありうるぞー!!僕は心臓をバクバクさせながら扉へと近づいていった。

 そして扉の前まで来ると、息を整えるように一度深呼吸して、隙間からゆっくりと覗きこんだ。

 するとそこには僕の期待にとんでもなく反して先ほどのスエット姿で洗面台の前に立ち、鏡を見ながら髪の毛を乾かす綾さんがいた…。

「オーマイガ―!遅かったかー!」

 頭を抱えてそうつぶやくと、猫神様が

「お前さー。ホント馬鹿だなー。」

とあきれた顔をしているのが一瞬脳裏にカットインした。

「いやいや、オーマイガ―とは言いましたけども呼んでませんよ猫神様…。これは思春期真っ只中の僕の試練なんですか…?」

「んなわけあるかーい!」

とツッコミ猫パンチをしてくる猫神様がまたカットインしてくる。

 

 もうこれ以上肩は落ちませんよ。と愕然として固まっていると、髪を乾かし終わったのか、ドライヤーを切ってコードをまとめていた綾さんが僕に気づいた。

「あれ?ココアくん。どうしたの?迎えに来てくれたの?」

「ええ。そうですよー。迎えに来たのですよー。決して覗きにきたのではありませんよー。」

「そっかぁー。ありがとう。」

綾さんはしゃがみ込んで両手で僕を抱き上げると、よしよしと言いながら石鹸のいい匂いのする胸元に抱きかかえて、再びこたつの方へと向かった。

 これはこれで悪くないぞ。

 僕は綾さんの胸元からあたりを見回した。 

 今までよりも視点が高いので、部屋の様子が良く見える。そしてテレビの上に時計があるのが目に入った。時刻はちょうど9時だった。

 綾さんは僕をこたつの中に入れると、何かを寝室に取りに行ってからまた戻ってきて、こたつの中に足を入れてきた。何やら作業をしているようだ。一体何をしているのか気になって、綾さんの足伝いにこたつの外に這い出す。

「ココアくん、暑いの?」

「いや、そういう訳じゃないけど。綾さん何してるの?」

「暑いのか。じゃ、ここにおいで。」

 うん。かみ合ってない。

 抱き上げられて、綾さんのお腹のあたりのこたつ布団の上に置かれるが、僕は気になったので少し乗り出してこたつの上の様子を見てみることにした。

 そこには分厚い本数冊とファイルとノートパソコンがあった。本には『小動物臨床ピクチャーテスト』『小動物の臨床検査』などと書かれている。

「明日提出だから今日中にこのレポート終わらせないといけないのよね。だから邪魔しちゃダメよ。」

「はーい。」

 綾さんはノートパソコンの電源を入れ、本やファイルのグラフを見ながらワープロや表計算ソフトをなどを立ち上げてものすごい勢いでタイピングをしはじめた。

 時折文章に差し込む画像は恐らく動物の皮膚や臓器の写真なのだろう。少しグロテスクなものまである。僕には何のことだかさっぱりわからなかった。

 綾さんめちゃくちゃ難しい勉強してんだなぁ。しかしそれに比べて僕ときたら、これほど真面目に勉強をしたことなんて一度もないよな。

 

 僕はそのものすごい勉強っぷりをただただ呆然と、眠気を帯びつつ眺めていた。

しかし、ふとした瞬間にとてつもないものを見てしまい僕の目は一瞬で覚めることになる。



次話⇒<第18話



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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第16話

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<<第16話>>

 バタン!という車のドアを閉める音で目が覚めた。

帰って来たのか…。ふぁーぁ。寝たなぁ。

と狭いキャリーケースの中で伸びをすると綾さんがキャリーケースを持ち上げて、歩き出した。

見た感じ辺りは暗く、すでに夜になっていた。しかしいつもの温泉や土や森の匂いがしない。どうやらここは緑雲荘の駐車場ではないみたいだ。

「ん?あれ?」

どこに連れてゆかれるのだろう。と不安になってキャリーケースの扉のところまで行き、よく見回してみる。どうやら住宅街のようだ。

「ここどこ?」

振り返ってママに尋ねる。

「坊やが注射を打ったから、今日はおうちに帰らないで綾さんのお家に泊まるのだそうよ。」

「そうなんだ。」

綾さんの家は確か酪農家だったはずだが、こんな住宅街の中にあるのだろうか。そう思いつつ外の様子を見てみる。

さすが夜行性の動物だけあって、暗くても見たいものにピタリとピントが合う。

そして、通りの向こう側にある看板が目に入ってきた。

「えーっと。なになに。大塚産業株式会社札幌支店…。と。ふむ。……ってなんですとー!さ、札幌ーっ?」

札幌-登別間が相当遠いのは知っていた。昔緑雲荘に遊びに来たときに、じいちゃんと車で札幌観光に来た事があるからだ。

 

そんな驚いてあたふたしている僕を尻目に綾さんはズンズン歩いた。そして2階建てのアパートらしき建物に着くと、綾さんは階段を上がり、あるところで立ち止まると一旦キャリーケースを地面に置いた。

その後鍵をガチャと回す音とドアを開ける音が聞こえる。

再びキャリーケースが持ち上げられると僕らは綾さんと一緒に部屋に入った。

「ただいまー。」

と言うが返事はないし真っ暗だ。

綾さんは玄関にある電気のスイッチをパチッと入れると靴を脱いでこたつのあるリビングダイニングキッチンを通り抜けて、引き戸の開け放たれたベッドの置いてある奥の部屋へと入っていく。

見た感じ、1LDKといった感じで、他には誰もいないようだ。

ということは、ここは綾さんの実家ではなくて、綾さんが一人暮らしをしている部屋なのだろう。

キャリーケースがグインと急に上昇したので、よろけていると、綾さんの顔が目の前に来てちょっとビックリする。

「ちょっと待っててね。」

と言うとキャリーケースが緑色のカーペットの床に下ろされた。

 

うー寒い。」

という綾さんの声のあとに、カチチチチチ…ボワッ。という音がして、部屋に灯油の匂いが充満する。どうやら石油ヒーターを点けたようだ。

ここが綾さんの部屋か…。しっかし、人生初にして女性の部屋というものにこういう形で来ることになるとは…。ちょっとドキドキしてきたぞっ!

などと思っていると、目の前にいきなり綾さんの足が現れた。 

何かモゾモゾしている音がする。

すると綾さんがさっきまで来ていた白いニットが向こうにあるベッドに投げ捨てられるのが見える。

「え?まさか。綾さん着替えてるの?」

と思った矢先、今度は足が動いてデニムが脱ぎ捨てられ、綾さんの生足が見える。

「ぬおぉぉぉーーー!!っということはっ!綾さんは今っ…!!」

僕はキャリーケースの扉に顔を擦りつけるようにしてみたり、地面スレスレから上をのぞき込もうとしてみたりしてなんとか綾さんの全体像を拝もうと試みたが、どうやっても綾さんの膝上くらいまでしか見えない…。全然見えない!

「うおぉーーー開けてくれよぉー!」

と監獄の中の囚人さながらに心の中で叫ぶも届くはずもなく。生足が僕の視界を1度2度通りすぎた。そして3度目に現れたとき、それはスエットを履いていた…。

「ごめんね、お待たせ。」

スエットの上下を着た綾さんが目の前にしゃがみ込んで扉が開けられる。

「綾さん…。順番逆。まず開けてから着替えてくださいね…。」

 

猫なのですでに落ちた肩を、気持ち的にガックリと落とした僕ママと一緒にキャリーケースから外に出た。

見回してみるとそこは6畳ほどの部屋だろうか、ベッドと机と本棚と箪笥があった。

女の子の部屋と言うと、ピンク系が多かったり、ぬいぐるみがいっぱいあるイメージだが、そんなものは一切ないようだ。白い壁に花や動物の写真が何点か飾られていて、家具は無垢の木目の家具で統一されて、結構あっさりしていた。なんかお洒落なカフェにいるみたいだ。

綾さんの部屋をもっと色々と見てみたかったが、寒かったので僕とママはとりあえず部屋が温まるまでヒーターの前で体を温めることにした。

「大きな声出しちゃダメだからね。わかった?」

「はーい。」

と二人で返事すると

「わかればよろしい。」

と言って綾さんはそそくさとキャリーケースの中のペットシーツを取り替えた。

 

そして今度は何やら段ボール2つとカッターを持ってきて段ボール箱を半分に切り始めた。

半分になった段ボール箱に入口となる切り込みを入れ、キャリーケースに敷いていた少しおしっこの匂いのするペットシーツを一枚と新しいペットシーツを敷き詰めると

「これがトイレね。」

と言って一旦僕たちに臭いを嗅がせると、部屋の隅に一つ置いた。

そしてもう一つ小さめの段ボール箱を半分に切ると、今度はそこにタオルを敷き詰めた。

「で、これがベッドね。今日はここで寝てね。」

と言って綾さんのベッドの脇に僕ら用の段ボールベッドを置いた。

綾さんは腕組みをしてそれらを一瞥すると、納得するように頷いて

「よし!できた!それじゃごはんにしよっか!」

とキッチンへと向かい、料理を始めた。

 

綾さんの後姿を見ていると、何から何までとにかく手際が良い。次に何をするか。どんな順番で取り掛かるのか。というのがすでに頭にあるのだろう。部屋に入った瞬間から止まることなく、無駄な動きを一切せずに動き続けている。

その様子を「スゲー…。」とボーっと眺めていると

「久しぶりに来たわ。綾さんの部屋。」

ママが部屋を見渡しながら言う。

「え?ママここに来た事があるの?」

驚いて聞き返す。

「ええ。おばあさんが帰ってこなくて、食べるものもお水もなくてね。何か飲まないと、食べないといけないと思って外に出て、水たまりの水を飲んだりしていたわ。そうこうしていると足湯のところに来た人たちが、お水や食べ物をくれたのよ。でも、ある時もらった食べ物の中に食べてはいけないものがあったみたいなのね。」

「食べてはいけないもの?」

「そう。人間は食べれても、私たち食べたら毒になるものがあるみたい。」

「へぇ…。そうなんだ。」

「吐いて、体が痙攣して、意識を失って。気が付いたら今日の病院にいたの。」

「そこで綾さんに会ったの?」

「そう。綾さんも驚いてたわ。もしかしてサクラちゃん?って。しばらく病院で過ごしてから、この部屋で綾さんと一緒にいたのだけれど、やっぱりおばあさんに会いたくておうちに帰りたくて。ある日ね、ずっと帰りたい帰りたい。って泣いていたら綾さん、怖いおじさんに怒られちゃって。うちはペット不可だからすぐにほかに持っていけ。って。」

「そうか、ここは本当はペットダメなんだ。」

「そうみたい。それで、車に乗っておうちまで送ってくれたの。それから綾さん、毎日おうちまでごはんを持ってきてくれるようになったのよ。」

「そうなんだ…。」

 

色々驚いていた。人間の食べ物でも猫が食べると毒になるものがあること。偶然にもママと綾さんが病院で出会ったこと。ママがここに来たことがあるということ。そして何よりも、綾さんがある日からずっとママにごはんをくれるためにここから緑雲荘までの距離を毎日2回も往復していたことだ。

恐らくかなり早い時間に起きてごはんを作り、緑雲荘に出向いてから学校へ行き、そして学校から帰ってはまたごはんを持って緑雲荘へ行き、帰宅する。そんな毎日なのだろう。

ガソリン代もバカにならないだろうし、何よりめちゃめちゃ時間がかかる。何時に寝て何時に起きているのだろうか。綾さんはなぜそこまで自分を犠牲にしてお世話をしてくれるのだろうか。

そんなことを考えていたら、あっという間にごはんが出来たようだ。キッチンの方から声が掛かかる。

「できたわよー!さぁごはんにしましょ!おいで!」



次話⇒<第17話


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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第15話

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<<第15話>>


「この子の名前はココアです。雄です。サクラちゃんが育ててるのですが、サクラちゃんは過去に避妊手術をしているので、どこかの猫が産んだ子の母親代わりをしているんでしょうね。」

綾んさんは白髪眼鏡先生の問いに淡々と答えた。

「えええええええええええええ!!」

僕は愕然としながらもママの方を振り返るが、ママは聞こえていないのか、それとも聞いていないのか、はたまた聞こえているけれども聞こえていないフリをしているのか、採血されたところを一生懸命舐めている。

「子猫1匹って言うのも珍しいからねぇ。」

と白髪眼鏡先生は言う。

「え?僕…。ママの子じゃないの!?」

話が唐突すぎて僕はわけがわからなくなって、呆然としたまま診断を受けた。

「体重は…680グラムね。」

「歯は乳歯がもう生えそろってるね。体重と歯の感じから見ると生後67週目ってところかなぁ。」

途中まで僕は完全に思考停止状態だった。
 

しかし先生の次の一言で一瞬にして我に返る。

「じゃ採血しようか。小さいから首からね。」

「はい、先生。」
「え!?」

綾さんは僕を診察台に横向けに寝せて右手で僕の手足を固定し、さらに左手で喉元を伸ばすように首を固定した。先生は僕の喉元をアルコール消毒して、血管を探しているのか毛を掻き分けている。

「ちょっ!ちょっ!待って!え?ええ?首から取るの?マジ!?ウソでしょ!」

抵抗しようともがきたいのだが、体も頭も綾さんにがっちりホールドされて動けない。
そして何も見えないのを良いことにブスッ!と躊躇なく首に注射器の針が刺さる。超痛い。
しばらくして針が抜かれる。

「痛いよ!超痛いよ!なんだよもぅ!刺す前に『ごめんなさいねー。ちょっとチクっとしますよー。』とか普通言うだろ!」

と涙目になっていると、さらに間髪入れずに先生が言う。

「じゃ、ワクチンも打っとこうか。」

男性の助手が今度は注射器とワクチンらしき容器を持ってくるのがわかる。

「ちょっと!先生!バカじゃないのマジで!って、ちょっ!やめっ!ああっ!」

ブスッ!今度は容赦なく足に注射される。

針が刺さる痛みとともに熱いものが体に流れ込んでくるのがわかる。

「はい終了。」

綾さんが

「頑張ったね!よしよし。」

と言いながら、ワクチンを打ったところを撫でてくれるのだが、ちっとも嬉しくない。
嬉しくないどころか、僕は綾さんの冷徹というか事務的というかその慣れた手つきに逆に怒りのようなものを感じていた。

 

きっとあの衝撃的な会話からものの数分の出来事だったのだが、僕はもう完全にぐったりとしていた。

頭は混乱していたし、痛い思いを2回もしたし、ワクチンのせいもあるのかもしれない。

そんなぐったりした僕はママのいるキャリーケースに戻された。
ママが「坊や、よく頑張ったわね。えらいわよ。」と言って体を舐められて慰めてくれたのだが、僕は痛みと怒りと衝撃に耐え切れず目を閉じてそのまま眠ってしまった。

 

「サクラちゃん、ココアくん、ごはんよ。」

という綾さんの声に目を覚ます。

どれくらい寝ていたのだろうか、よくわからないのだが僕はキャリーケースの中で目を覚ました。ママも隣で寝ていた。
キャリーケースの中にママと僕のごはんとお水の器が置いてある。

「ここはどこ…。」

見回してみると、そこはまるで監獄のようなところだった。

向かいにある鉄格子の4列3段の檻の中に点滴を打たれたり、ぐったりした猫たちがところどころに苦しそうに収まっている。

「痛いよぉ。早く帰りたいよぉ。」

と泣いているキジトラ猫や

「ママ…。ママ…。」

と悲しそうにつぶやく三毛猫。

「キュー。キュー。」

と苦しそうな呼吸をしているシャム猫など様々な猫がいた。

見ているだけで痛々しくて、この場から早く立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。


そんなこともあってなのか、それともワクチンのせいで気持ち悪いからなのか、僕は食欲が無くてごはんを一口も食べれなかった。

聞くまい、見まいとして目をつむり、ママの懐に潜って僕はとにかく寝ようとした。

そして、眠りに落ちて夢を見たのか、僕は猫神様を見た。

「お前にチャンスをやる。お前にこれから肉体と試練を授ける。猶予は1年間。お前はそこで魂を磨きまくれ。」

と猫神様に言われたところで、ハッ!と目を覚ました。

「そうだ…。僕は逃げちゃいけないんだ。魂を磨くためにこの体をもらったんだ。いつもいつも逃げて逃げて楽な方、楽な方を選んできたけど、僕は誰かのために生きなくちゃいけないんだ。」

そう思った瞬間。なんだか体の奥から底知れぬパワーが湧いてくるような気がした。

 

僕は寝ているママの懐から抜け出して、とりあえずみんなに声をかけてみることにした。

「ねぇ、僕ココアって言うんだけど、君は?」

すると、先ほどまで痛い痛いと泣いていたキジトラ猫が言う。

「ココア君?僕はね。チョコ。面白いね。えへへ。」

僕と同じくらいの大きさのチョコは1人でちょっと心細かったのかもしれない。

鉄格子の檻は隣が壁になっていて見えないためにお隣同士で話せないのもあるのだろう。
話し相手が出来て、ホッとした感じの顔をしている。

「どうしたの?」

と聞くと

「あのね。僕ね。足をね。怪我したの。見て。これ。」

と言って、包帯の巻いてある足を見せてくる。

「大丈夫だよ、あの白髪眼鏡すんごいから!すぐに治っちゃうよ!」

と慰める。あの先生がすんごいのかどうかは知らないけども、綾さんが『先生』と言うからにはすんごいに違いない。きっとそうだ。

しかも注射は結構痛かったけど手際がむちゃくちゃ良かったし。

「うん。早く帰りたい。でね。カシャブンでね。いっぱい遊ぶの!」

チョコはちょっと楽しそうな顔をした。

「うん!いっぱい遊べるようになるよ!だから元気出してね!」

「うん!」

チョコはちょっと嬉しそうな顔をしてからやがてスヤスヤと眠りに落ちて行った。

 

僕はチョコの右斜め下段にいる「ママ…。」とずっとつぶやいて泣いている三毛猫にも声をかけた。

「僕はココア。君は?」

すると三毛猫が答える。

「私はミーって言うの。ママに会いたい。ずっとお見舞いに来てくれないの。」

と今度は余計に泣いてしまう。
お見舞いと言うのだから、ママと言うのは人間の飼い主のことなのだろう。

「きっと仕事が忙しいとか、理由があるんだよ。でもね、お見舞いを待ってるんじゃなくて、早く良くなってお家に帰ろうよ!そしたらずっとママと一緒にいられるでしょ?いつまでも泣いてたら全然良くならないよ!」

と言うと、ミーちゃんは

「そうだよね。早くお家に帰りたいもん。早く良くならなきゃね!」

と言って顔をグルーミングするように涙を拭ってその手を舐めた。

「うん。その意気、その意気!僕もね、今日はじめて採血してワクチン打って、ちょっと気持ち悪いけどほら!この通り!」

とダンスを踊って見せる。

「あはははは!ココアくん、ダンス面白い!」

と笑ってくれる。笑っているミーちゃんを見ていると、何事も無かったかのような気がしてくる。
『笑顔が何よりの薬』だとこの時実感した。

 

こうして僕は声を掛けれるだけ声を掛け、みんなを励ました。

中には「くだらねえ。小僧。わかったような事言いやがって。」と言うような老獪な猫もいたし、全く話も出来ないような重症の猫もいたのだが、最初の時と比べてこの部屋の重々しい空気は全くと言って良いほど変わっていた。何より、みんなが早く良くなってお家に帰ろう。という明るい雰囲気に包まれていた。

そんな雰囲気に満足し、話し疲れ、踊り疲れた僕は急激な眠気に襲われた。
重くなっていく瞼を無理やりにでもこじ開けて、みんなと話し続けようとするが

「坊や。あなた、すごいわ。さすが私の坊やね。お疲れさまでした。」

といきなり後ろからママに抱き寄せられる。
「見てたの?ママ…。」
「あなたがみんなを励ますところをずっと見てたわよ。」
と顔を舐められる。舐められながら
「そうだ。そういえば僕は本当にママの子なのかな…。」
そう考えていると、僕は知らぬ間にまた眠りに落ちて行くのだった。


次話⇒<第16話


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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第10話

<<これまでのお話>>

はじめに


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第6話><第7話><第8話><第9話



<<第10話>>


 ママが僕を咥えたまま部屋を出ると、そこには黒光りした板の廊下があった。

左隣に一部屋、向かいに2部屋ほどあるようだが、どれも扉が閉まっていて猫が入れる様子ではない。

ママは部屋を出て左側に向かうと、突き当りにある階段を僕を咥えたまま降り始めた。

どうやら僕たちがいた部屋は2階の角部屋にある寝室?のようだった。

 

1階に着くと、向かいに擦りガラスの障子のような引き戸があり、その隙間から中に入る。

そこはどうやらダイニングキッチンのようだった。

大きなテーブルがあり、椅子が4脚置かれていた。

ママは僕を咥えたまま、テーブルの上にジャンプし、テーブルの上に僕をゆっくりと下した。

「ここがおじいさんの席、おばあさんの席がここ。ママはいつもおばあさんのとなりか、おじいさんやおばあさんの膝の上にいたの。」

と言って、ママは懐かしそうな顔で椅子を眺めていた。

テーブルの向こうにはテレビがあり、それを見ながらおじいさんとおばあさんとママが楽しく歓談している様子が目に浮かぶ。

「テーブルの上はね、登ると怒られちゃうから登ったこと、あんまりないのだけれど。」

とママは申し訳なさそうに言う。

 

奥には大きなキッチンがあった。

一般家庭の倍以上はあるかというくらいの少し大げさなキッチンだ。

ここはお料理屋さんか何かなのかな…。

ママが僕を再び咥えて、テーブルから降りて、キッチンの方へ向かった。

「いつもここで大勢の人間のごはんを作っていたわ。」

「おじいさんとおばあさん以外の人間のごはんを?」

「そうよ。あるときからは、人間が少なくなって、おじいさんとおばあさんだけになったのだけれど。」

 

キッチンの右角には勝手口があった。

「ママはよくここでごはんを食べていたのよ。」

勝手口には、ビニールのマットが敷かれていて、そこにお盆が置いてある。

ここに餌や水の器を置いたのだろう。
 

そして勝手口の扉には小さい猫用の扉が付いていた。後から知るのだが、これはキャットスルーというやつで、猫や犬が扉を施錠していてもいつでも出入りできる動物用のドアだ。

「ここからお外に出られるのよ。でも坊やはまだ出ちゃだめよ。外は寒いし危険だから。」

「はい…。」

ママは僕を咥えると、今度はシンクに飛び乗った。

シンクでは、蛇口からチョロチョロと水が出ている。

「蛇口を閉め忘れたまま誰もいなくなっちゃったのかなぁ…。」

そう思っていると、ママが

「これはね、凍らないようにしているのだそうよ。おばあさんが言ってたわ。」

なるほど。良く洗面所の蛇口を閉め忘れると、母ちゃんから、「ここは北海道じゃないんだから!」と怒られた記憶がある。冬、寒い地方では水道管が凍結して破裂しないように水を出しっぱなしにするのだそうだ。
「ママはいつもここでお水を飲んでいるの。坊やも飲むかしら?」

ママは蛇口から糸のように流れ落ちる水を上手に飲んでいたが、僕には難しそうなので、断念した。

 

ママはおいしそうに水を飲んだ後

「さぁ、他の場所にも行ってみる?」

と僕に尋ねた。

「うん。行きたい。」

そう告げると

「じゃあ行くわよ。」

と言って僕はまたママに咥えられた。

ママはシンクから飛び降り、今来た道を戻った。

そしてダイニングキッチンを出て左に向かうと、その先には長い廊下が続いていた。

少し行くと、藍染の暖簾があり、それをくぐると右手に大きく明るい玄関があった。

そこで一旦ママに下ろしてもらう。


しかし大きい。一般家庭ではありえないくらい大きな玄関だ。

靴を横に並べたらゆうに20足くらいは並べられるのではないだろうか。

「ここは料亭とか、そういうお店なのかなぁ。」

と思いつつ、周りを見回す。

両側には大きな下駄箱があり、その上には木彫りの熊の彫刻や、キツネの剥製などが置いてある。

それを見て僕は既視感に襲われた。デジャヴってやつだ。

「この光景…。どこかで見たことがある…。まさか…。」

とっさに僕は玄関を入って正面の壁を見上げる。

それを見て僕は絶句した。

 

壁には「緑雲荘」と掘られた木の看板があった。

「えっ…。な…なんで…。」

緑雲荘は、この前、川で会った、母ちゃんの両親である、じいちゃんとばあちゃんが営んでいた8部屋ほどの温泉旅館だ。

住居兼旅館になっていて、じいちゃんが病に倒れて旅館は廃業し、ばあちゃんは亡くなるまで1人で住んでいた。
僕が小さい頃、何度か家族で来たことがあったし、じいちゃんやばあちゃんの葬儀でも来た事があった。しかしそのときは客室に寝泊りしていたし、食事はお客さん用の大食堂を使っていたので、今の今まで気が付かなかった。

 

それと、じいちゃんとばあちゃんは確か、サクラという名の捨て猫を飼っていて、その猫は看板猫としてお客さんに可愛がられていたはずだ。

「すると、ママは…もしかしてサクラ…なのか…?」

僕たちが遊びに来たときは猫嫌いな父の雰囲気を察してか、サクラが全く近寄って来なかったので、どんな猫だったのかほとんど記憶にない。

…しかしその予想は的中した。

 

緑雲荘の看板の下には「ようこそ!登別温泉へ!」と書かれたプレートがあり、その下に大きなコルクボードがあった。

そこには、色紙に書いた寄せ書きや、写真、はがきなどが所せましと貼られていた。

「緑雲荘さん!ありがとう!」

「旦那さん、おかみさんありがとう!また来ます!」

「お食事がとてもおいしかったです!」

「登別温泉、緑雲荘最高!」

「また来ます!その時はよろしくお願いします!」

など数えきれないくらいのメッセージや、じいちゃん、ばあちゃんと写るお客さんの写真があった。その中には、やはりママの写真が何点もあった。

「サクラちゃん元気でね!」

「来年もいっぱい遊ぼうね!」
「サクラちゃんにいっぱい癒されました!」 

というメッセージとともに写るママの写真。
 

それを見ながら僕は泣いていた。 

そのボードには幸せがいっぱい詰まっているのに、それが壊れてしまった悲しさ。
何も知らず、何も出来なかった、何もしてこなかった自分への悔しさ。
ママがサクラであったことの驚きや、感動。
今まで感じたことのない、色んな感情が渦巻いて、喉の奥が締め付けられるような痛みを伴って、僕は泣いた。
僕の様子を察してか 

「ごめんね坊や。ちょっと怖かったかしら。体も冷えただろうから、戻りましょう。」

と言って、ママは僕を咥えていつもの押入れの中へと帰っていった。

次話⇒<第11話

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