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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第26話

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第26話

 

 

とんでもない秀吉のつぶやきとは「再来月でここも閉めなきゃならんかなぁ。」

という一言だった。


「え?閉める?」

 

僕はその一言に反応してしまったのだが、ミミさんと子供たちは我関せずという感じでリラックスしていた。

『閉める』の意味がわかっていないのだろうか。

それとも秀吉の

『閉める』

という独り言を聞き流しているのか。

それともそれとも

『閉める』

ってことを全然聞いていないのか。

それともそれともそれともそもそも実は

『閉める』

ことを前々から知っているのだろうか。

 

…いずれにしても、ここをなんで閉めるんだ?


今は僕の計算では3月17日だ。
春休みだし丁度、観光シーズンでこれからめちゃめちゃ忙しくなるはず。
再来月ということは5月のゴールデンウィークなんかもきっと稼ぎ時だし、その5月が終わったら閉めるということ?ってことはあんまり儲かってないのかなぁ…。

そんなことを考えていたが、考えてもしょうがない。
よし!んもうこの際、直接聞いてみよう!秀吉に直接問いかけてみる。

「ね、秀吉。なんで『閉める』の?」


「おぉ。おにぎり。なんだ?」

おぉっ!!いきなり秀吉が呼応する。
こいつもしかして猫語わかる人!?

「ホテル多吉儲かってないの?」

多分というかもちろん人間には僕がニャニャニャ、ニャーンニャン?としか聞こえていないはずだが!
どうだおい!


「そうか。熱いか。よし、そろそろ出るか。」


ぬぁー…。やっぱり通じてないですね…。そうですね…。

 

秀吉は湯船からゆっくりと出ると僕たちを洗面器から取り出して洗面器をシャワーで流すと脱衣所へ向かった。その後をみんなで追いかける。脱衣所に出ると、秀吉に半ば強引にバスタオルでぐりぐり、ゴシゴシと体を拭いてくれた。

「いて、イテテテテ。痛いよ秀吉っ!」


手つきは悪くないんだけど力が強いんだよなぁ。。。

タオルドライをされた僕らはプリン、チョビ、僕、ミミさんという順に秀吉にドライヤーで体を丁寧に乾かしてもらった。

シャンプーや石鹸なんかは全然使っていないのだが、僕らの毛はフッカフカになった。


「このお湯はね、ノミもダニもやっつけてくれるんだよ。お風呂に浸かると痒いの飛んで行っちゃうんだから。」


ミミさんが力説したが、なるほどそれも頷ける。寒い季節だからか、僕の体にはノミもダニもついたことがないのだが、僕の全身の毛は少しベタベタしていた。しかしドライヤーで乾かした僕の体は今やフワフワの小鳥の羽毛のようだった。石鹸やシャンプーで洗ってもいないのに、こんな洗いあがりになるのは温泉の効果なのだろうか?

 

 そんなことを考えているとまたあの籐の籠に入れられて僕らは秀吉の部屋へ戻って行った。来たときに見た喫煙ルームのあの男性はすでにいなかった。 しかし、ここを『閉める』ってなんでだろう。『閉める』と僕らはどうなるんだろう。カツさんはどうなるんだろう?秀吉はそれは本意なんだろうか?そんなことを考えていたら僕は赤々と光の灯るこたつの中でいつの間にか眠りについていた。

 

翌朝。秀吉の威勢の良い声で起きる。

「我が猫達よ。朝飯だぞ!起きろー。」

「う。うん…。眠いけど…。メシ。食べます…。」

昨晩あれだけ食べたのに翌朝にはものすごくお腹が空いていた。

日々生きている。という実感もあるが、それよりも生きなきゃ。食べなきゃ。という義務感に手を引かれて半ば強引に瞼を開く。

 

 すると、そこには白衣に身を包み、お寿司屋の大将みたいな格好の秀吉が仁王立ちしていた。そして仁王立ちした秀吉はゆっくりと優しく目を閉じ、右手の人差し指を立てて雅楽を奏でるように言ったのだった。「今日の朝ごはんは鮭の煮物。利尻昆布の香り。」

それはとてもメロディアスで心に響いた。

 

さらに響いたのが次の一節だ。

「さぁ、我が猫たちよ。朝だぞ。たんと喰え。喰って喰って今日一日を幸せで悔いのない一日にせよ。」

喰って喰って、喰い(悔い)の無い一日にせよ。って…。つまりこれは掛詞だ。

ずいぶん前に国語の授業で習ったな。こんな洒落た日本語を朝から聞いてなんだか少し秀吉の教養というか日本人の古き良き部分を肌で感じた僕は、秀吉という人間にどんどん惹かれていくのだった。

 

しばし感銘を受けつつ呆然としていると 

「いただきまーす!」ハムハム…。気が付くとプリンとチョビとミミさんがすぐ隣でものすごい勢いで鮭を頬張っているのに気付いた。

「な、なにーっ!いつの間っ!!」

動物に油断は禁物なのだ。常時弱肉強食モード。感傷に浸ってる暇はない。

僕も負けじと鮭を頬張る。

しかし…。頬張った瞬間。その鮭は今まで食べたことのないものだったので、常時弱肉強食モード!油断は禁物!と肝に命じたはずの僕は鮭を噛むことも忘れて固まってしまった。

 

「こっ、この柔らかさ…。フッカフカじゃないか…。口の中でホロホロと崩れていくこの感触。まるで鮎を食べているようだ…。これが鮭だとっ!?そして、この奥深い旨味は…。ま、まさか北海道利尻産の昆布で煮ているからなのかっ!!」

鮭と言えば、毎年年末にじいちゃんから送られてくる新巻鮭や、店で売れ残った塩鮭などカチカチのしょっぱい鮭ばかり食べてきた僕にはその鮭の美味しさは衝撃的だった。

 

 そりゃぁさすがにさすがに魚屋のセガレだけあって生鮭なんか何度も(?)食べることはありますよ。ありますわ…。ええ。んでもね、これほどまでに新鮮でかつ、味に奥行のある鮭は今まで食べたことがなかった。

「すげえな…。秀吉…。こんなに魚を美味しくできる料理人なんだな。」

そして僕はこの美味しい魚料理を噛みしめながら昨日のことも同時に考えていた。

「こんなに料理の美味いホテルが『閉める』ことになるなんて…。一体どうしてなんだろう…。」

 

 そういえば僕はこのホテル多吉の状況についてはそれこそほとんどと言って良いほど把握していなかった。今までわかっていることと言えば

1.ホテル多吉は登別温泉のメインストリート、ついでに言えば『登別ホテルグランデ』の真正面に位置している。

2.秀吉は多分「ホテル多吉」のオーナー。

3.秀吉の私室、というか管理人室にてミミさん一家と僕は暮らしている。

4.カツさんというメガネ中年男性の従業員がいる。

5.猫がいることはお客さんには秘密にしておかなくてはいけないみたい。

6.温泉はヌルヌルしていてかなり気持ちいいしノミもダニも取れちゃう。

7.秀吉の料理は超一級品。

以上だ。

 

…そして僕は更なる状況把握に努めるべく、チョビとプリンとホテル多吉探検を始めた。本当はミミさんにホテル多吉について色々聞いたり、調査することを直接お願いしたり相談したのだが、

ミミさんが

「私は最近あの穴にお尻が通らなくて…。チョビとプリン。お兄ちゃんに色々教えてあげてね!」

と半ば言い訳がましく強引に小柄な子猫同士での行動を後押しして不貞寝したのだった。
女心って猫も複雑なのね…。そう思わずにはいられない一コマだった。

 そんなわけで緑雲荘からの道程、あれほどまでに警戒心の強かった母猫が僕ら子猫たちだけに行動せよ。と言ったのには色んな意味で違和感を感じたが、僕らは結局、子猫3匹で館内探検をすることになった。

僕らの住む恐らく管理人室というかオーナー室と思われる部屋の勝手口には緑雲荘にもあったキャットウォークがあった。そこから猫は自由に外に出られる仕組みになっているのだが、その外からホテル館内に侵入できる秘密の抜け道があった。

「お兄ちゃん、こっちだよー。」


チョビとプリンに『その抜け道』に案内してもらった。
恐らくボイラー室なのだろう。何本もの配管が走っていて、換気扇からだけではなく、古くなった配管ところどころから蒸気がもくもくと立ち上がっているところがあった。
そんなボイラー室と思われる部屋の、コンクリートブロックでできた基礎の間には猫一匹がぎりぎり通れる穴があった。

その穴に慣れた感じでチョビもプリンも何の躊躇もなくスイッと入っていった。

「えぇーっ!?怖くないの!?ちょっと待ってよ!!」

僕も顔を恐る恐るその穴にねじこんでみた。しかし、真っ暗だ。
「お兄ちゃん大丈夫だよ。」
の声に、感覚的に(つまり野性的に)チョビとプリンの真似をして両手両足を畳んで思い切ってジャンプしてみた。
すると、意外にも僕のジャンプが綺麗だったのか全く体のどこもぶつけることもなく僕は穴の中へと入って行けた。

 

猫とは不思議なもので。

顔というか、『髭』が問題なく通る穴には体もスッと入れるのだ。

逆に言うならば、『髭』の引っかかるような穴には体もつっかえる。
つまりつまり。『猫の髭は体が通れる幅を測るアンテナ』なんだ!ということを体感した瞬間だった。


さて
。そんな猫の生態雑学は置いておいて。
僕らはその薄暗いボイラー室の縁の下に侵入した。すると何メートルか先にスポットライトのように光が差す穴があるのが見えた。その穴まで行ってみると、なるほど子猫がギリ通れるくらいの穴だった。
その穴をよじ登り、僕らはホテル多吉への潜入に成功したのだった。


そこは明かりが煌々としていて、大型の洗濯乾燥機が5台ほど並んでいた。

「ランドリー室」とでも言うのだろうか
轟音を立てて回る洗濯機の前には
シーツや浴衣やタオルなどが雑多に見栄えも悪く渦高く積まれてたカーゴが順番待ちをしていた

このランドリー室は乾燥機の熱のせいかかなりの暑さだった。そしてその暑さを逃がすためなのか、この部屋にはドアが無かったので、すんなりホテル多吉館内へと僕らは入ることができたのだった。

しっかし、んまぁそういうわけで。我々生後一か月程度の『子猫偵察隊』はホテル多吉の実態調査をしていくことになるのだが、それは困難を極めた。

ここから
僕の人生、いや、僕の猫生はトム・クルーズ顔負けの…『ミッション・ニャンポッシブル』へと移行していくのである

【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第20話

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<<第20話>>



 僕たちはおばさんが白い軽トラックに乗って帰って行くところを見送ると、トイレ経由で押入れに戻り、食後のグルーミングをした。

 

 何から話せば良いのだろう。

 

 グルーミングをしながら何から話すべきか、どう説明すべきかずっと考えていた。しかしあまり考えていると、食後だしすぐに眠くなってしまう。とにかく早く話さなければ。

 

「ママ。」

「何?坊や。」

「あのね、お話しがあるんだけど。」

「何かしら。お話しって。」

「驚かないで聞いてほしいんだけど…。」

ふー。と一旦深呼吸してから僕はママの目をまっすぐに見て話し始めた。

「ずっと話すかどうか迷ってたんだ。…実はね。僕、人間の生まれ変わりなんだ。」

「え?人間?」

ママは首を一瞬かしげる。

「僕はね、ママに産んでもらう前、人間だったんだよ。」

「そうなの…。」

もっと驚くかと思っていたけれど、ママがそれほど驚かなかったことに逆に驚く。

「あれ?びっくりしないの?」

「いいえ、ちょっとびっくりはしたけれど、なるほどね。と思ったのよ。」

「なるほどね…?」

「そう。私もいつか話さなきゃと思っていたのだけれど…。実はね、坊やを生む前の日。ふと目が覚めると目の前に神様がいたの。」

「神様…?」

「真っ白くて大きな猫の神様がね『サクラ。お前に使命を与える。』って言うのよ。」

「猫神様だ…。」

猫神様の顔が一瞬脳裏をよぎった。

「使命って何ですか?って聞き返すと、そのままぼんやり消えてしまったの。そして次の日、急にお腹が痛くなってこのまま私は死んでしまうのかしら。と思ったら坊やが生まれたのよ。」

「えええええええ!!」

僕の方がびっくりした。綾さんがママは不妊手術をしているので、僕はママの子じゃないと言ってから、僕を産んだのは別の猫かもしれないと思っていたからだ。しかしママは不妊の体で聖母マリアのごとく神の啓示とともに受胎し、翌日僕を出産したというわけだ。だから僕には父猫がいないし兄弟もいない。今までのモヤモヤが一瞬で晴れた。

「坊やは赤ちゃんなのにすぐにしゃべれるようになったし、頭は良いし、色々知っていたから。あなたは神様から授かった神の子だと思ってたのよ。」

「そうだったんだ…。」

「ごめんなさい。遮っちゃって。お話しの続きを聞かせて。」

「うん…。」

 

 僕はもう一度深呼吸をして話し始めた。

「僕はね、青山創太っていう人間の高校生だったんだ。」

「あおやまそうた…。」

「ここの、緑雲荘のじいちゃんとばあちゃんの孫なんだよ。」

「孫?」

ママは今度は本当に驚いたようで、その大きな目をより大きく見開いた。

「僕は、ここに人間のときに何度か来たことがあるんだ。ママとはほとんど会わなかったけれど。」

「おじいさん、おばあさんの孫…。」

「そう。男の子だよ。覚えてる?」

ママは目をつむって一生懸命思い出そうとしているようだ。

「親父がね、猫が大嫌いだったから、ママはいつも僕らのことを避けていたように思う。」

「ああ!思い出したわ!怖かったから近づかないようにして、遠くから見ていたわ。あの男の子が坊やなの…。」

「うん…。」

 

 そして僕は普通の男子高校生だったこと、自転車で転んでトラックに轢かれてしまったこと、三途の川に行ったこと、猫神様とのやりとりをママに話した。

「そうだったの…。私はあなたを生む使命、そしてあなたは猫として生きる試練を神様に授かったのね。」

「そうなんだ。」

「でね、大事な話がまだ2つあるんだ。」

「大事な話?」

「そう。大事な話。どうしてもママに話さなくちゃいけないんだ。」

一呼吸置いてからゆっくりと話しはじめた。

「まずひとつ目だけど。…ばあちゃんはもう亡くなっているんだよ。」

「えっ!?」

とママは口を半開きのまま絶句してしまった。

「ばあちゃんはね、去年の夏に運ばれた病院で亡くなったんだ。」

「うそ!だってお葬式だってしてないし!」

ママは少し興奮した感じで言い返してきた。先ほどまでとは打って変わって信じられないという顔をしている。

 

 それもそのはずだ。じいちゃんが亡くなった時は緑雲荘で葬儀をしたし、ママがじいちゃんの亡骸に悲しそうに寄り添っていたのを何度か見ている。しかし、ばあちゃんが亡くなった時、同じく緑雲荘で葬儀をしたのだがママの姿はどこにもなかった。当時はサクラは世話をしてくれる人がいなくなったので、もうどこかに行ってしまったのだろうと話していたのだが、この前綾さんの家にいる時、その理由に気が付いたのだ。

「ママがね、知らない人に何か食べ物をもらって、食中毒になって病院に行って、病院と綾さんのおうちに何日かいたでしょ?多分その時に、ばあちゃんのお葬式をしたんだよ。だからママが帰ってきたときにはもう、ばあちゃんはいなかった。もう、ばあちゃんはいくら待っても帰って来ないんだ。」

「…そうだったのね…。おばあさん…。ごめんなさい。」

ママの目からは涙が溢れてきた。ママはその涙を切るように強く瞼を閉じて、布団に顔を擦りつけるようにしてすすり泣いた。

「ママ…。」

なぐさめるようにママの顔をしばらく舐めていた。

 

 少しするとママは顔を上げた。

「ごめんなさい…。もしかしたら、そうなのかもしれないと思っていたのだけれど、信じたくなかったし、おばあさんを待つことが私の生き甲斐みたいになっていたから。」

「わかるよ…。」

「…いいわ。続きを聞かせて。」

「もう1つね。僕はね、東京までどうしても帰らないといけないんだ。」

「とうきょう?」

「うん。東京。そこに母ちゃんがいるんだよ。」

「人間のお母さんね?」

「そう。人間の。」

「そこは遠いのかしら。」

「うん。めちゃくちゃ遠いよ。」

「会いたいのね、お母さんに。」

「うん。会いたい。会いたいし心配なんだ。それにきっと東京へ行くのが僕の試練なんだと思う。」

「そう…。わかったわ。私が力になるわ。」

そう言うとママは僕を抱きしめた。

「ありがとう。ママ。」

 僕はママに抱きしめられたまま眠りに落ちていった。

 

 目覚めると、二人で交互に僕が人間だった時のことや、じいちゃんばあちゃんのことなどをいっぱい話した。じいちゃんやばあちゃんの話は懐かしくもあり、少し悲しくもあった。僕が全く知らないじいちゃんとばあちゃんのエピソードがいっぱいあったし、二人がママのことをまるで我が子のように愛し、可愛がっていたことが本当によくわかったからだ。

 

 それから、僕らはこれからどうするべきか話し合った。ママはばあちゃんが帰って来ないとわかった今となっては、緑雲荘が名残惜しくはあるけれど、ばあちゃんを待つ必然性が無くなったので、いつ旅立っても良いということだった。

 

しかし課題がいくつか出てきた。

 

 まず第1の課題。それは毎日僕らの面倒を見て倒れてしまった綾さんに負担にならないようにする。ということ。
 第2の課題は、綾さんに心配をかけずにいかにして綾さんのもとから旅立つかということ。きっと綾さんはいきなりいなくなったら心配して僕らを探すに違いない。

 そして最大の課題は、どうやって東京まで行くのか。ということだった。

 

 しかし、一人で思い悩んでいるよりも二人で考える方がやはり良いアイディアというのは出るもんで。二人よればもんじゅの知恵!ん?

 

 こうして僕らはある作戦を思いつき、実行に移すことになる。



次話⇒<第21話


※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第18話

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<<第18話>>



僕が見たとてつもないもの。

それは普通ならば見落としてしまいそうな、ちょっとしたものだった。

 

 綾さんのまとめているレポートの内容は現在あの動物病院に入院する猫や犬の診察方法や診断結果、経過をまとめたものだということがなんとなくわかった。

 写真にはあの病院で会話したチョコくんやミーちゃんの写真などもあった。いずれも予後は良好。と書かれていたので一安心したのだが、そこでホッとして視線を落としたその時だ。パソコンの画面の下にあるタスクバー。その右側の時計に何気なく目が行った。

 そこには22:36と表示されていた。

「もう10時半過ぎだよ綾さん…。」

と思ったのも束の間、その下段の日付表示が鮮明に目に飛び込んできたのだ。

2015/3/10。…あぁ。今日はもう310日かぁ。って、ええええええ!!2015年!?」

 僕がヤマジョとカラオケをして、事故を起こし、三途の川に行ったのは忘れもしない、201624日だ。今年のバレンタインは絶対にチョコを貰うんだ。と光一と淳平と色々画策していたことを思い出す。

 日付表示が本当だとすると、僕が以前ママの発言から仮定していた通り、僕は事故から1年前に生まれ変わったことになる。しかも、僕は今日病院で白髪眼鏡先生にだいたい生後67週目と診断された。24日から310日までは34日。5週目いっぱいとなるが、僕が1人でママの母乳を独占して飲みまくって普通の仔猫の平均よりも成長が少し早かったのだとすると、辻褄も合ってくる。

 

 「僕はやっぱり1年前に猫に生まれ変わったんだ…。」

 

 僕に与えられた猶予は1年間と猫神様は言っていたけれど、僕はあの日、24日までに魂を磨けば、もしかしたら元に戻れるのだろうか。今、人間の僕は何をしているのだろうか。淳平や光一とおバカなことをしているんだろうか。そして母ちゃんは1年前と同じように元気にしているのだろうか。色々なことが頭を駆け巡った。

 しかし、何にせよ僕がとにかく魂を磨かない限り、猫神様は上に話を通してくれないということには変わりない。1年間、というかもう残り11か月弱。この姿で魂をどうやって磨けばいいんだろう…。などと考えていたら、鬼のように勉強する綾さんとは対照的にいつものように僕はどっぷりと眠りに落ちて行った。

 

「サクラちゃん、ココアくん。ごはんだよー。」

と綾さんに起こされて目が覚める。

 いつの間にかダンボールベッドの中にいたようだ。僕とママは段ボールから這い出してリビングへと向かう。

テレビの上にある時計は朝の6時を指していた。

「綾さん…。早いよー。」

とつぶやきながら重い瞼をパチパチしながらごはんの前まで歩いていく。

すでにお盆の上に僕らのごはんとお水、こたつの上には綾さんのごはんが並べられていた。

6時と言うことは綾さんはもっと早くから起きて食事の準備をしていたのか…。それとも昨日レポート書いてたし、もしかして寝てないんじゃ…。

 

 そんな心配をしつつ、昨夜と同じように僕らは3人で一緒に食事をした。そして食後、ママとこたつの中で食後のグルーミングをしている時だ。綾さんが食器を片付け終わり、こたつに戻ってきてテレビのスイッチを入れた。そしてニュースの音声が聞こえてきた。

「今日で東日本大震災からちょうど4年になります。」

その音声に反応して、こたつから這い出してテレビを見た。

テレビでは、東日本大震災の当時の模様や、今現在の被災地の様子、復興の状況などが映し出されている。

 あれは2011年の出来事だ。ちょうど4年ということはやはり今日は2015年。そしてあの忌まわしい震災の起こった311日ということになる。

 4年前。僕にとっては5年前だが当時のことはよく覚えている。僕は小学校6年生で、卒業制作のオブジェの仕上げを6年生全員で体育館でしていた時だった。大きな地震があってみんなで校庭に避難し、そして急遽集団下校をした。それからしばらく流通が麻痺したり、魚の仕入れが困難になったり、計画停電があったりで、うちの店はしばらく閉店する羽目になった。

 そしてその年の夏。中学生になった僕は、震災の影響で観光客が減ったのか、「部屋が空いているから遊びにおいで。」と招かれて夏休みに1人で緑雲荘に遊びに来たのだ。そしてそこで出会ったのが綾さんだった。

 

 今ここでこうして綾さんにお世話になっている事にすごい運命的なものを感じた。いや、それとも猫神様がわざとこうなるようにしたのか…。とにかく今日は2015311日。僕の命の猶予は残り330日。ということだけは改めて明確になった。

 しばらくテレビを眺めながら考え事をしていて体が冷えた僕は、こたつの中に戻ると

 

『子猫+食後+あったかい=強力な眠気』

 

という方程式に抗えず、そのまま眠りに落ちてしまう。

 

「サクラちゃん、ココアくん、そろそろ行くわよ。」

という声とともに綾さんにいきなり寝ているところを抱き上げられて、キャリーケースの中にママと一緒に入れられる。

 そして大変残念なお知らせが。綾さんはすでに部屋着のスエットからバッチリ着替えていた。ラストチャンスを逃し、トホホ。とうなだれる僕を知ってか知らぬか、ママが慰めるように舐めてくれた。

 

 アパートを出ると外はやはりめちゃくちゃ寒かった。大塚産業株式会社札幌支店の看板のある通りを抜けて駐車場に着くと、綾さんは助手席側のドアを開けて僕らのキャリーケースを助手席に固定した。そしてドアを閉めると運転席側に回り、ドアを開け、運転席に座ると

「すぐ温かくなるからね!ちょっと我慢してね!」

と言ってエンジンをかけ、エアコンをマックスにした。そしてドアポケットから何やら取り出すと、一旦外に出て車のガラスをそれでガリガリ擦り始めた。フロントガラスに霜が付いているのだ。さすが北海道。3月でも氷点下らしい。寒いわけだ。

 

 綾さんは車のガラスの霜を取り終えると運転席に戻ってきた。

「準備オーケー!それじゃぁ出発進行!」

カーステの再生ボタンをオンにすると、アクセルと同時にいつものように浜省の曲が車の中に流れた。綾さん浜省好きだなぁ。ちょっと古臭いよなぁ。などと思って最初は聞き流していたのだが、ある曲の歌詞が突然心に突き刺さった。その曲は「家路」というバラードだ。歌詞は大人の事情で載せられないので、要約すると「超疲れてても、すんごく孤独でも、めちゃくちゃ離れてても絶対にあの場所へ帰ってみせる。」というもの。

 うん。大人の事情って大変。

 

 そんなわけで浜省の「家路」に心を打たれて、その歌詞の意味や僕のこれからのことをずっと考えていた。そして導き出した答えは

 

「やっぱ、2月4日までにどうにかして家に帰ろう。」

 

だった。綾さんとずっと一緒にいたいけれど、別れるのはさみしいけれど、もし元に戻れなくてこの命が終わってしまうのならば、最期にはどうしても母ちゃんに会いたい。

 それにもし万が一、元に戻れるのならば、あの日をやり直せるかもしれない。そして人間として、青山創太として綾さんに会いに来ればいい。

 しかしこの雪の残る氷点下の北海道をこの小さい体で旅立つというのは自殺行為かもしれない。良く計画を練って準備しよう。そして出発までにできるだけ大きくなろう。

 

以前同じことを考えていたが、改めてそう決心し、僕の目標は明確になったのだが、そんな矢先に事件が起こる。


次話⇒<第19話


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