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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第27話

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第26話

第27話

 

僕とチョビ、プリンの3匹の子猫探検隊は一旦ホテル多吉を出てから再びホテル多吉を調べるため別の入り口から潜入した。

 

まずは実態把握のための調査だ。

ホテル多吉内が一体どうなっているのか。客室はどれくらいあるのか。従業員は何人いるのか。経営難なのか。でもってなんで閉めなくてはいけないのか?など、色々知りたかった。

 

湿気が多くてムンとしたランドリー室の洗濯カゴに隠れながら僕らは作戦会議を始めた。

んま、とにかく勢いと流れを生み出すのが大事!と僕が切り出す。

 

「プリン隊長!この建物を案内してくれるかな?」

「タイチョウって何?おにいちゃん。」

チョビが聞いてくる。

いきなりその勢いと流れが滞る。

「うーん、隊長ってのは、このチームを指揮するというか命令してチームを引っ張る偉い人かな。。。」

僕がちょっと嫌な予感を感じつつ、そんでもって言い淀みつつ返答すると、やっぱりチョビが応える。

「指揮?えらいの?タイチョウしたいよ僕も!」

「うん。。。だよね。。。じゃあ。気を取り直して。チョビ隊長!案内して!」

と言うと今度はプリンが反論する。

「ダメー!プリンがタイチョウなんだからっ!チョビは黙ってついてきなさい!」

「やだー!僕がタイチョウするんだもん!!」

 

さっそく仲間割れする子猫探検隊。。。

『父さん。登別の春は。。。とても厳しいです。。。』

 

そんなわけで、じゃんけんして隊長を決めよう!とのアイディアも猫だけに無理っぽかった。

みんなパー出しちゃうからね。。。

 

結局、数分間どっちがタイチョウするんだ問題についてあーじゃないこーじゃないとやりとりしたのち、『フロアごとの隊長交代制』という日本政府も仰天な、先鋭的かつ画期的な制度を採り入れた僕たち子猫探検隊は、まずプリンが先頭、チョビは背後の警護にあたるという役割分担でホテル多吉内を探検することになった。

 

ホテル内は天井にあるライトは消灯で22時で消えたらしく、フロアライトしか灯っておらず、結構薄暗かった。

そして障子やところどころに飾られた浮世絵や人形や掛け軸や生け花などが一層怖さというか薄気味悪さを引き立たせている。

こと、僕に至っては子供のころに両親と行った浅草の『花やしき』のお化け屋敷で号泣したことなんかを思い出しながら、サブイボを立てていた。

 

そんななか、僕が花やしきでチビったせいで、母ちゃんが新しいパンツを買って売店横のトイレで泣く泣くパンツを履き替えたことなど全く知りもしないプリンが

「お兄ちゃんあそこだよ!あそこに階段があるんだよ!」

と先頭切って走り出した。

僕の苦ーい思い出などお構いもせず。

そして追い打ちを掛けるかのように「うしろよし!」

とチョビが後方を確認し、階段めがけて僕を追い抜かして走り出した。

そう。猫ってのはそもそも夜行性の動物である。
さらに、幽霊とかお化けとかの文化なんかは、はなから無いので彼らには暗いとか怖いとかそんな感情は微塵もないのだ。
僕は子供のころから怖がりだったのにこの子らはもはや無敵に見えた。
怖いものが無いってある意味すんごい頼もしい。

 

階段はホテルの左右。というか南北の両端にそれぞれあるようなのだが、僕らはランドリー室に近い、南の階段に向かった。

そして身の丈以上もある階段を一段一段登っていった。

子猫にとって人間の作った階段ってのは結構な高さなのだが、登る分には猫的には全く問題はなかった。

 

幸い。フロアーやエレベーターホールや階段にはお客さんの気配は全くなく、僕らは最上階である3階へ、人間に見つかることなく無事たどり着いた。

 

「フー。意外と大変だったねぇ。。。ゼーハーゼーハー。」

生後2か月弱の子猫にとって、階段1段ってのはかなーり高い。

毎段高跳びしてるような感覚なわけであります。

しかーし。
僕ら猫の身体能力ってのは生れて間もなくでも非常に高いもんで。

僕らはピョンピョンとリズミカルに登っていけたのだった。
しかししかーし。
猫ってのは瞬発力はホントにんもうものすんごいんだけど、持久力が全くないんですわ。

そんなわけで2階を過ぎたあたりからはかなりしんどい状況だった。

そうこうして、なんとか3階にたどり着いた僕ら子猫探検隊は制度に基づき隊長を交代した。

 

「じゃあここで隊長交代ね。プリン隊長お疲れ様。この階はチョビが隊長ね。」

「了解しました!」

「はい!じゃぁプリンはうしろを気を付けます!」

「じゃあこの階は何部屋あるのか、各部屋にどれくらいお客さんいるのか調べるよ。向こうの端にある階段まで見つからないように行ってみよう。ゆっくり静かに見つからないようにね!」

「アイアイサー!」
チョビとプリンが右前足と左前足でちぐはぐに敬礼したもんだから、ちょっと笑ってしまう。

子猫超かわいいわぁ。

ってか、なんとか制度なんて作ったけども、結局なんか僕が隊長みたいだな。フハハハハハ。
ま、いっか。

さて、階段の踊り場から廊下の端に出るとそこには直線の、一本の長ーい廊下が目の前に広がっていた。

僕らがいるのはホテルの南側だった。

で、西側は窓にあるんだけれども、窓にはカーテンではなく障子がはめられていて超和風な作りだった。

そんなもんで外の様子は全然見えなかった。


障子のはめられている反対の東側には客室が並んでいた。

僕らのいる南側の階段から北側の階段までは猫目線でもかなり遠く感じる距離だった。

でも、良く見ると各部屋のドアが入り組んだ構造になっているため、万が一人が出てきてもすぐに隠れられそうだ。


「じゃあ行こうか。」

僕が声をかけると、チョビが慎重に歩き出す。

毛足の長い絨毯が敷いてあるので足音はほぼしない。

僕が「あ!」と言うと、チョビもプリンもドアの前にサッと身を隠した。

 

いいぞ子猫探検隊!

 

「いいね、チョビ、プリン。今のは練習だよ。この調子で行こう。繰り返しになるけど部屋の数を数えて。それと耳をすませて中に人間が居そうな部屋がいくつあるか、中に何人いるかも確認してね。音とか声をよーく音を聞いてね。」

「アイアイサー!」

今度は右前足で敬礼がそろった。
ってかこの状況。もはや隊長が誰だかわからない。


結局。このフロアでは人間に見つかることもなく無事に調査を終えた。

客室数は6部屋。お客さんの居るであろう部屋は半分の3部屋。人数は一部屋につき2人。合計6人だった。

やっぱカップルや夫婦で来てるお客さんが多いようだ。

 

そして僕らは下階の2階へ降りることになる。

階段を下りるというのはそりゃあもうかなり怖かった。

登るよりも全然怖い。

「お兄ちゃんついてきて。」

プリンが前足からズンズン、スタスタ降りていく。

それに後方確認役のチョビも我さきにと僕を追い抜いていく。


「待ってよ!」

僕は高くて怖くて階段にしがみつくように後ろ足から一段一段慎重に折りていた。

緑雲荘から進歩してねぇー。

でも、ここで死ぬわけにはいかないからね。安全第一ですわよ。ふははは。。。


しかし、そこで辛辣な。逆パワハラともとれるような言動が発せられる。

「お兄ちゃん。。。遅いよ。。。それにかっこわるい。」


チョビが階段の折り返しになる踊り場で僕を見上げながら見下すようにつぶやいた。

「な、なぬっ!!」

チョビの一言に僕の自尊心が超揺さぶられる。

 

人間だったら何でもない階段が、こんな生命の危機すら感じるアスレチックになるとは思いもしなかった。

 

「チョビくん。お兄ちゃんはね、前足が痛いからゆっくり降りてたんだよ。こんな階段なんでもないんだよ。ホントはね。」

と諭すように見栄を張った手前。僕は彼らも絶句するほどの降り方をせざるを得なくなった。

 

「はーい。みなさーん。人生ってか猫生生きてく上でね。見栄はね。張っちゃだめ!」

これテストに出まーすよー。

 

さて、そんなわけで僕は見栄を見栄でなくすべく2段降り。名付けてスクリュードライバーなる蒲田行進曲のヤス(おやじが好きでよくDVD見てたなぁ)をも凌ぐ、決死の『階段落ち』ならぬ『階段降り』を彼らに披露することになる。

 

「うん。そもそもここから見えないね。2段下。』
猫の視点というのは異常に低い。
言うなれば人間の膝とか脛に目が付いてるような高さだからね。
そういや、こういうアングルどっかで見たなぁ。。。
そうだ!前にスポーツ番組で見たスキージャンプってこういう感じだったわ。
ジャンプと言いつつね、あれ、めちゃくちゃな高さからすんごいスピードで落ちて行ってるんだよね。
てかまさに僕はそのスキージャンプのジャンプ台に立つ気持ちだった。
「ここは俺の人生のラージヒル。沙羅ちゃん見ててね。俺も飛ぶぜ!ここ北海道で!」

などと、くだらないギャグをかましつつ、平静を保とうとする。そしてかっこ悪いお兄ちゃん返上のため僕は決死のジャンプしたのだった。


「んもう、どうにでもなれやぁーーーー!!!」

とジャンプすると、なんと丁度よく階段2段下に着地できた!


「うおぉぉぉーできた!このままもう一回ジャンプだ!とぅ!」


さらに、そして意外にも上手く着地する。

「おっし!いいぞ!でかした俺!いけ!このままもう一回だ!!えーーーーい!!」

 

とさらに踊り場1段手前の2段下にうまく着地した!ものの!!

その勢いが止まらない!全然止まらない!!
「ぬあぁぁぁぁぁ!」

 

そこで僕は何度も見た光景を見ることになる。


「ああ。まただ。スローモーションになってる。。。」

 

僕の視界がスローモーションになってモノクロに天と地を映し出していた。

スローモーション。それは僕が死ぬ間際に見る今世最後の映像なのだ。

僕はその瞬間、死を覚悟し、さらに猫神様との再会をも覚悟していた。。。

 

しかーし!!次の瞬間。なぜかスローモーションが解除され、体がうまく回転して着地がピタッと決まった。

 

『10.0。10.0。10.0。10.0。10.0。10.0。』

内村航平もびっくりの満場一致の満点が出た瞬間だった。

きっとNHKのアナウンサーもここにいたなら

「おにぎりが見せるスクリュードライバーはーっ!・・・栄光への架け橋だー!」と言っていたに違いない。うん。そうだよね。ニャン。


その着地は、かなりアクロバティックだったらしく、チョビとプリンが

「お兄ちゃん。今のどうやったの!?」

と口をあんぐりとしている。

 

猫という動物は本能的に体を足から着地するように捻るようで、それがかなりアクロバティックに決まったようだ。

 

「ふはははは。見たか君たち。お兄ちゃんのスクリュードライバーを。」

 

そんな技の名前初めて言ったが、よくよく考えてみたらそれってカクテルの名前じゃねえかよ。と今更ながら自分ツッコミしてる間もなくチョビが

「スクリュードライバーかっちょいい!」

と賞賛した。

実際自分でもどうなってたのかスロー再生VTRで見てみたかったが、誰も撮ってないわよね。うん。てかニャン。

 

そんなテレビなら高視聴率50パーは稼ぎそうな、youtubeなら100万回再生も夢ではないコンテンツをふいにしながら、僕ら子猫探検隊は隊長交代制により、2階フロアを探検することになる。


今度はプリンが隊長になる番だ。

 

「いくわよ!」

サササササササササササ

 

プリンが体制を低くして一つ目のドアへと走っていく。

それに続く僕とチョビ。

スクリュードライバーに感化されたのかわからないのだが、偵察行動がサマになってきた。

北側の階段の踊り場から見ると、2階は3階とは違ってドアとドアの明らかに間隔が狭いように見えた。

つまりこの階は部屋数が多い。ってことかな。

そんなことを考えつつ、部屋数を数えていく。

 

そして4部屋目まで行ったところだった。

背後で「カチャッ。」というドアが開く音がする。

「隠れて!」

背後の警戒をしていたチョビが言う。
5つ目の部屋のドアの前に僕とチョビが走り込み隠れるが、先を行くプリンは6部屋目のドアが開いていたようで、やむなくドア前を回避し、ジャンプして障子の隙間へ隠れること選択した。

しかし障子の窓は意外にも高く、プリンは上半身は窓枠にしがみついているものの、下半身はバタバタしていた。爪が壁を引っ掻いてカシャカシャ音が鳴る。

「プリン早く隠れて!」と僕が言う。

きっと「ニャニャニャーン!ニャンニャンニャン!」とでも人間には聞こえていたと思う。

ドアを開けて出てきた中年くらいの女性と思われる人間が猫語とプリンがもがく音を聞いて

「え?怖い。何かいる。え?何々!?怖いんだけど!」

と言ってまた部屋へ戻ていった。

そして背後でバタンとドアを閉める音がした。


「ふぁー。やばかったな。見つかるとこだったわ。」


そんな危機を乗り越えつつ僕たち子猫探検隊はその先も人間に見つかることもなく(ある意味見つかってるけど)2階フロアの調査を終えた。


このフロアには12部屋あった。つまり上階とは倍の客室があったのだ。

そして客室にいるのは恐らく5部屋で9名だった。

上階含め、8部屋が埋まっているということになる。6部屋+12部屋で18部屋がホテル多吉の総部屋数ということ。8/18が部屋の稼働率。総客数は15名ってことがわかった。

 

僕らはさらに1階の浴室や喫煙ルームや卓球台やゲームのあるアミューズメント室や自動販売機室やお土産コーナーやフロントを調査した。

 

結果。ホテル多吉はまず、

「普通ーーーの昔ながらの小さな昭和の温泉ホテル。」
ってことがわかった。
さらに満室でないってのは
「繁盛してるわけではないのだろう。」

ってことも子猫であり、人間なら高校生でもある僕にもわかった。

働いてるのは今のところ、秀吉とカツさんの2人のみしか確認できていないが何人くらいいるのだろうか。収支の具合はどんなんだろうか。そんでもってなんで『閉める』のか?

 

そんな疑問は数日後に判明することになる。

【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第26話

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第26話

 

 

とんでもない秀吉のつぶやきとは「再来月でここも閉めなきゃならんかなぁ。」

という一言だった。


「え?閉める?」

 

僕はその一言に反応してしまったのだが、ミミさんと子供たちは我関せずという感じでリラックスしていた。

『閉める』の意味がわかっていないのだろうか。

それとも秀吉の

『閉める』

という独り言を聞き流しているのか。

それともそれとも

『閉める』

ってことを全然聞いていないのか。

それともそれともそれともそもそも実は

『閉める』

ことを前々から知っているのだろうか。

 

…いずれにしても、ここをなんで閉めるんだ?


今は僕の計算では3月17日だ。
春休みだし丁度、観光シーズンでこれからめちゃめちゃ忙しくなるはず。
再来月ということは5月のゴールデンウィークなんかもきっと稼ぎ時だし、その5月が終わったら閉めるということ?ってことはあんまり儲かってないのかなぁ…。

そんなことを考えていたが、考えてもしょうがない。
よし!んもうこの際、直接聞いてみよう!秀吉に直接問いかけてみる。

「ね、秀吉。なんで『閉める』の?」


「おぉ。おにぎり。なんだ?」

おぉっ!!いきなり秀吉が呼応する。
こいつもしかして猫語わかる人!?

「ホテル多吉儲かってないの?」

多分というかもちろん人間には僕がニャニャニャ、ニャーンニャン?としか聞こえていないはずだが!
どうだおい!


「そうか。熱いか。よし、そろそろ出るか。」


ぬぁー…。やっぱり通じてないですね…。そうですね…。

 

秀吉は湯船からゆっくりと出ると僕たちを洗面器から取り出して洗面器をシャワーで流すと脱衣所へ向かった。その後をみんなで追いかける。脱衣所に出ると、秀吉に半ば強引にバスタオルでぐりぐり、ゴシゴシと体を拭いてくれた。

「いて、イテテテテ。痛いよ秀吉っ!」


手つきは悪くないんだけど力が強いんだよなぁ。。。

タオルドライをされた僕らはプリン、チョビ、僕、ミミさんという順に秀吉にドライヤーで体を丁寧に乾かしてもらった。

シャンプーや石鹸なんかは全然使っていないのだが、僕らの毛はフッカフカになった。


「このお湯はね、ノミもダニもやっつけてくれるんだよ。お風呂に浸かると痒いの飛んで行っちゃうんだから。」


ミミさんが力説したが、なるほどそれも頷ける。寒い季節だからか、僕の体にはノミもダニもついたことがないのだが、僕の全身の毛は少しベタベタしていた。しかしドライヤーで乾かした僕の体は今やフワフワの小鳥の羽毛のようだった。石鹸やシャンプーで洗ってもいないのに、こんな洗いあがりになるのは温泉の効果なのだろうか?

 

 そんなことを考えているとまたあの籐の籠に入れられて僕らは秀吉の部屋へ戻って行った。来たときに見た喫煙ルームのあの男性はすでにいなかった。 しかし、ここを『閉める』ってなんでだろう。『閉める』と僕らはどうなるんだろう。カツさんはどうなるんだろう?秀吉はそれは本意なんだろうか?そんなことを考えていたら僕は赤々と光の灯るこたつの中でいつの間にか眠りについていた。

 

翌朝。秀吉の威勢の良い声で起きる。

「我が猫達よ。朝飯だぞ!起きろー。」

「う。うん…。眠いけど…。メシ。食べます…。」

昨晩あれだけ食べたのに翌朝にはものすごくお腹が空いていた。

日々生きている。という実感もあるが、それよりも生きなきゃ。食べなきゃ。という義務感に手を引かれて半ば強引に瞼を開く。

 

 すると、そこには白衣に身を包み、お寿司屋の大将みたいな格好の秀吉が仁王立ちしていた。そして仁王立ちした秀吉はゆっくりと優しく目を閉じ、右手の人差し指を立てて雅楽を奏でるように言ったのだった。「今日の朝ごはんは鮭の煮物。利尻昆布の香り。」

それはとてもメロディアスで心に響いた。

 

さらに響いたのが次の一節だ。

「さぁ、我が猫たちよ。朝だぞ。たんと喰え。喰って喰って今日一日を幸せで悔いのない一日にせよ。」

喰って喰って、喰い(悔い)の無い一日にせよ。って…。つまりこれは掛詞だ。

ずいぶん前に国語の授業で習ったな。こんな洒落た日本語を朝から聞いてなんだか少し秀吉の教養というか日本人の古き良き部分を肌で感じた僕は、秀吉という人間にどんどん惹かれていくのだった。

 

しばし感銘を受けつつ呆然としていると 

「いただきまーす!」ハムハム…。気が付くとプリンとチョビとミミさんがすぐ隣でものすごい勢いで鮭を頬張っているのに気付いた。

「な、なにーっ!いつの間っ!!」

動物に油断は禁物なのだ。常時弱肉強食モード。感傷に浸ってる暇はない。

僕も負けじと鮭を頬張る。

しかし…。頬張った瞬間。その鮭は今まで食べたことのないものだったので、常時弱肉強食モード!油断は禁物!と肝に命じたはずの僕は鮭を噛むことも忘れて固まってしまった。

 

「こっ、この柔らかさ…。フッカフカじゃないか…。口の中でホロホロと崩れていくこの感触。まるで鮎を食べているようだ…。これが鮭だとっ!?そして、この奥深い旨味は…。ま、まさか北海道利尻産の昆布で煮ているからなのかっ!!」

鮭と言えば、毎年年末にじいちゃんから送られてくる新巻鮭や、店で売れ残った塩鮭などカチカチのしょっぱい鮭ばかり食べてきた僕にはその鮭の美味しさは衝撃的だった。

 

 そりゃぁさすがにさすがに魚屋のセガレだけあって生鮭なんか何度も(?)食べることはありますよ。ありますわ…。ええ。んでもね、これほどまでに新鮮でかつ、味に奥行のある鮭は今まで食べたことがなかった。

「すげえな…。秀吉…。こんなに魚を美味しくできる料理人なんだな。」

そして僕はこの美味しい魚料理を噛みしめながら昨日のことも同時に考えていた。

「こんなに料理の美味いホテルが『閉める』ことになるなんて…。一体どうしてなんだろう…。」

 

 そういえば僕はこのホテル多吉の状況についてはそれこそほとんどと言って良いほど把握していなかった。今までわかっていることと言えば

1.ホテル多吉は登別温泉のメインストリート、ついでに言えば『登別ホテルグランデ』の真正面に位置している。

2.秀吉は多分「ホテル多吉」のオーナー。

3.秀吉の私室、というか管理人室にてミミさん一家と僕は暮らしている。

4.カツさんというメガネ中年男性の従業員がいる。

5.猫がいることはお客さんには秘密にしておかなくてはいけないみたい。

6.温泉はヌルヌルしていてかなり気持ちいいしノミもダニも取れちゃう。

7.秀吉の料理は超一級品。

以上だ。

 

…そして僕は更なる状況把握に努めるべく、チョビとプリンとホテル多吉探検を始めた。本当はミミさんにホテル多吉について色々聞いたり、調査することを直接お願いしたり相談したのだが、

ミミさんが

「私は最近あの穴にお尻が通らなくて…。チョビとプリン。お兄ちゃんに色々教えてあげてね!」

と半ば言い訳がましく強引に小柄な子猫同士での行動を後押しして不貞寝したのだった。
女心って猫も複雑なのね…。そう思わずにはいられない一コマだった。

 そんなわけで緑雲荘からの道程、あれほどまでに警戒心の強かった母猫が僕ら子猫たちだけに行動せよ。と言ったのには色んな意味で違和感を感じたが、僕らは結局、子猫3匹で館内探検をすることになった。

僕らの住む恐らく管理人室というかオーナー室と思われる部屋の勝手口には緑雲荘にもあったキャットウォークがあった。そこから猫は自由に外に出られる仕組みになっているのだが、その外からホテル館内に侵入できる秘密の抜け道があった。

「お兄ちゃん、こっちだよー。」


チョビとプリンに『その抜け道』に案内してもらった。
恐らくボイラー室なのだろう。何本もの配管が走っていて、換気扇からだけではなく、古くなった配管ところどころから蒸気がもくもくと立ち上がっているところがあった。
そんなボイラー室と思われる部屋の、コンクリートブロックでできた基礎の間には猫一匹がぎりぎり通れる穴があった。

その穴に慣れた感じでチョビもプリンも何の躊躇もなくスイッと入っていった。

「えぇーっ!?怖くないの!?ちょっと待ってよ!!」

僕も顔を恐る恐るその穴にねじこんでみた。しかし、真っ暗だ。
「お兄ちゃん大丈夫だよ。」
の声に、感覚的に(つまり野性的に)チョビとプリンの真似をして両手両足を畳んで思い切ってジャンプしてみた。
すると、意外にも僕のジャンプが綺麗だったのか全く体のどこもぶつけることもなく僕は穴の中へと入って行けた。

 

猫とは不思議なもので。

顔というか、『髭』が問題なく通る穴には体もスッと入れるのだ。

逆に言うならば、『髭』の引っかかるような穴には体もつっかえる。
つまりつまり。『猫の髭は体が通れる幅を測るアンテナ』なんだ!ということを体感した瞬間だった。


さて
。そんな猫の生態雑学は置いておいて。
僕らはその薄暗いボイラー室の縁の下に侵入した。すると何メートルか先にスポットライトのように光が差す穴があるのが見えた。その穴まで行ってみると、なるほど子猫がギリ通れるくらいの穴だった。
その穴をよじ登り、僕らはホテル多吉への潜入に成功したのだった。


そこは明かりが煌々としていて、大型の洗濯乾燥機が5台ほど並んでいた。

「ランドリー室」とでも言うのだろうか
轟音を立てて回る洗濯機の前には
シーツや浴衣やタオルなどが雑多に見栄えも悪く渦高く積まれてたカーゴが順番待ちをしていた

このランドリー室は乾燥機の熱のせいかかなりの暑さだった。そしてその暑さを逃がすためなのか、この部屋にはドアが無かったので、すんなりホテル多吉館内へと僕らは入ることができたのだった。

しっかし、んまぁそういうわけで。我々生後一か月程度の『子猫探検隊』はホテル多吉の実態調査をしていくことになるのだが、それは困難を極めた。

ここから
僕の人生、いや、僕の猫生はトム・クルーズ顔負けの…『ミッション・ニャンポッシブル』へと移行していくのである

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<<第25話>>


「起きろぉー。風呂だぞぉー。」

という秀吉の声で目覚める。

 

 命名の儀にて「おにぎり」という大変ありがたい、否、ありがた迷惑な名前を授かった僕とミミさん家族はもう食べきれません!というほどに刺し盛りを食べ、そして居間の石油ストーブの前に敷かれた例の座布団の上でみんなで団子になって眠っていた。みんなで寄り添って眠るというのはとても暖かく幸せな気分だったのでもう少し寝ていたかったのだが。

 

「うぅーーーん。おじいちゃん。もう食べれない。。。ムニャムニャ。」

とチョビが寝惚けながら答える。

「お風呂!?入る入るー!早く行こ!」

プリンはお風呂というキーワードにムクッと起き上がって催促するように秀吉の足にしがみついた。その様子がなんだか可愛くてニヤけてしまう。

「じゃ行きましょうか。お風呂。」

ミミさんが起き上がって僕に頷くと、チョビの顔を舐めて起こした。

「良し。いくぞ皆よ。」

と秀吉は言うと、籐で編まれた籠を床に置き、僕たちを一匹ずつ籠に入れた。そしてバスタオルで籠に蓋をすると、籠を抱え上げて歩き出した。

チョビは訪れた暗闇に再び眠りにつく。

「わーい。お風呂お風呂ー。」

プリンはお風呂が大好きなようで、まるで歌うように声を弾ませて言った。

すると

「シーッ!」

ミミさんがたしなめる。

「静かにして。お風呂まで我慢よ。」

「はーい。」

籠にバスタオルで蓋をしたのといい、ミミさんが声を出さないように言ったところを見ると、僕らは人知れず隠密にお風呂に行かなくてはならないようだ。

 

 僕は籐のちょっとした編み目から見える外の様子を注意深く観察してみた。

僕らのいた部屋は普通のどこにでもある日本風家屋の和室の居間。という感じだったのだが、ドアを開けるとそこにはズドーンと長い薄暗い廊下があった。

そうだ。ここはホテルなんだよな。

深夜なのか、館内は最低限の照明にしているようだ。廊下をしばらく進むと、右手にカウンターがあって、左手には広めのロビーが見えた。赤っぽいソファーとテーブルが並んでいる。そして奥にはお土産売り場のようなものがあったが、カーテンが閉められ、小さな照明が灯っているだけで人気は無くしんと静まり返っていた。

さらに廊下を進むと、左右に明かりの灯る部屋があった。

左側は自動販売機がいくつもある部屋でジュースやお酒やつまみが売っているようだ。その反対側は喫煙ルームであることがわかった。喫煙ルームのガラス戸の向こうでは浴衣を着て白いスリッパを履いた30代くらいの男性がひとりタバコを吸いながらスマホをいじっていた。スマホに夢中なのかこちらに一瞥もくれることなく煙を吐き出し指を動かしていた。

その先には上階へと続く階段があって、遊戯室、マッサージ室と書かれた部屋があったがいずれも消灯していた。

 そして突き当りであろうところに「大浴場」と書かれた入口があった。

右側に「男湯」左側に「女湯」と書かれたそれぞれ青と赤の暖簾がかかっていて、暖簾の下にはそれぞれ「清掃中」というよく公衆トイレで見かける黄色いスタンド型の看板が人の進入を遮るように置いてあった。

なるほど、深夜のお客さんが使用しない時間に秀吉やミミさん家族はここでお風呂に入るのだろう。

 

 秀吉が男湯の暖簾をくぐると、そこには頭に白い手ぬぐいを巻き、エンジ色の体育ジャージを着て、フローリングの床をせわしなくぞうきん掛けする小柄なおじさんがいた。

「おぉ。カツさん。ご苦労さん。」

苗字なのか名前なのかわからないが、とにかく彼の呼び名はカツさんと言うようだ。カツさんはこちらに向き直って正座をした。温泉のせいなのか汗のせいなのか、メガネが完全に曇っていてその表情は読み取れなかったのだが、その曇りを拭うでもなく

「旦那様。本日は女性のお客様が時間を過ぎてもなかなかお出にならなかったので、男湯から掃除しております。申し訳ありませんがお風呂は女湯をお使いください。」

と言って一礼した。

「そうか。ではそうするよ。」

そう言うと秀吉は踵を返し、女湯の方に向かった。

「なるほど。旦那様ってことは秀吉はここのオーナーなのね。なるほどなるほど。」とわかったところで僕は大事なことに気付いた。

「ってちょっと待って!女湯って言った?女湯ですとーっ!人生初、というか猫生初の女湯侵入ですーっ!やったー!神様ありがとうー!生きててよかったーっ!一度死んだけどーっ!」

心の中で叫ぶも、すでに女湯も営業終了していて無人であることにさらに気付いて、興奮してしまった自分が恥ずかしくなる。その上

「お前さ…。ホントに馬鹿だな…。」

と辟易する猫神様の顔が脳裏にカットインしてきたので恥ずかしさが倍増する。

 

 秀吉は女湯の暖簾をくぐると、入り口にある電気のスイッチをパチンパチンパチンパチン。と入れた。そして何歩か歩くと籠を下におき、服を脱ぎ始めた。脱衣所のようだ。

うーん。なんだろう。このガッカリ感。女湯でじじいの裸を拝むことになるとは。トホホ。

 秀吉は服を脱ぎ終えると籠を覆っていたバスタオルを取り上げて棚に置き、僕らを一匹ずつ籠から取りあげた。

籠の中が暗かったため一瞬眩しくて目がくらんだが、目が慣れるとそこはどこにでもある銭湯の脱衣所のようなところだった。ロッカーがあって、鏡台があってドライヤーがあって、マッサージチェアがあって、体重計があった。僕の期待にめちゃめちゃ反して全くのお色気ゼロだったことは言うまでもない。

 

「やったーお風呂お風呂ー。」

うなだれる僕とは正反対にプリンがうれしそうに、飛び跳ねるようにマッパの秀吉について駆け出す。チョビは寝惚けて床にべったりとしていたがミミさんに誘われておぼつかない足取りで歩き始めた。

僕もその後をゆっくりと辺りを見回しながらついていった。

ガラガラガラ。と秀吉がガラスの大きな引き戸を開けると、緑雲荘と同じゆで卵のような硫黄の匂いがフワッと漂ってくる。

大浴場の中はとても広かった。鏡やシャワーの付いた洗い場が手前からL字型に十数個ほどあって、その奥に大きな湯船と水風呂と思われる小さな湯船があった。大きな湯船の右奥には岩でできた山から小さな滝のように温泉が流れ出ていた。

 

 秀吉は洗い場の一番奥まで行くと両手で洗面器を二つ取って大きな湯船のそばに置くと、大きな湯船から手桶でお湯を汲み上げ洗面器に注いだ。そして今度は小さな湯船から手桶で水を汲み、2つの洗面器に少しずつ注ぎながら手で洗面器の中のお湯を掻きまわした。湯の温度を調節しているようだ。

「よし。いい湯だ。さ、おはいり。」

とこちらを向いてニッコリと微笑んだ。それをきっかけにプリンが待ってましたとばかりに躊躇なく洗面器の湯船に飛び込んだ。

「ね、熱くない?」

チョビは恐る恐る洗面器の中のお湯をチョンチョンと触っていたが

「大丈夫、ちょうどいいよー!」

とプリンに言われると、意を決したように洗面器にダイブした。

「ね!」

猫はお風呂や水が大嫌いなイメージがあったが、二人はお風呂が大好きな様子だ。

すでに二人は並んで洗面器のフチに顎を乗せて目をつむり、「極楽。」と顔に書いてあるような表情をしている。

 お風呂なんていつぶりだろうか。人間の時以来だよな。でもさ、お風呂が嫌いな猫ってお湯が猫にとって熱かったり冷たかったりするのかな。そんなことを考えながらポカンとしていると

「おにぎりよ。怖いか?うちの湯は最高だぞ。さ、入れ。」

といきなり秀吉に首根っこを掴まれて強引に洗面器に張られたお湯の中にドボンと浸けられた。

「ちょ。まって。て。わわわわ!…ん?超気持ちいいーっ!」

冷えた肉球の血管がじわーっ。と広がっていくような感覚があり、全身が毛に覆われているからだろうか、体全体にゆっくりとじんわりと温かい温泉がしみ込んでくるような不思議な錯覚に襲われた。

「ふぅー。やっぱ風呂だなぁ。生きてるなぁ。」

と親父が昔良く言っていたセリフが口に出る。幸せな瞬間に人間は、というか猫だけど、生を実感するのだな。うん。

 

 人間ならば湯船に入って仰向けになって天井を見上げるであろうけれど、洗面器風呂は子猫の僕にとっては家の湯船より広く、そして深かったので、僕もプリンとチョビの横に並んで洗面器のフチに顎を乗せて湯に浸かることにした。

ミミさんは隣の洗面器に独りで入ったのだが、ミミさんには洗面器は少し狭いように見えた。ミミさんも

「はぁー。気持ちいい。」

と目をつむってやはり洗面器のフチに顎を乗せてお湯を堪能していた。

秀吉はその様子を見て

「気持ち良いだろう。よしよし。」

と満足げに頷くと、洗い場で体をゴシゴシと豪快に洗い始めた。秀吉はいったいいくつなのか、そう疑問に思うほど、しわしわの顔とは真逆で無駄な贅肉の無い筋肉質な体をしていた。

 一通り体と頭と顔を洗うと、秀吉は僕らの洗面器をまたぎ、人間用の大きな湯船にゆっくりと浸かり、両手両足を伸ばした。

「ふぅー。やはりうちの湯は一番じゃ。」

とやはり天井を見上げて言うのだった。

 

しかし秀吉はしばらくすると天井を見上げたまま、独り言なのか僕らに語り掛けているのかわからないがポツリ。ととんでもないことをつぶやいた。

 

そのつぶやきのおかげで、「おにぎり」と命名されしばらく安寧な日々が訪れるかと思われた僕の運命は息をつく暇もないほどに転がって行くのである。


次話⇒<第26話

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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第24話




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<<第24話>>


「起きなさい!」

「うーん…。まだ寝かせてよー…。」

「もう。寝坊助なんだから!ごはんよ!起きなさい!」

いつものように布団が剥ぎ取られる感触がある。
母ちゃんだ!
 「スヌーズ機能」という至高の。いや!史上究極の発明を以てしても起きれない、最凶最悪の寝坊助の僕を、最終的に起こすことができるのは、そう。実力行使の母ちゃんだった。

「んああぁぁぁーーーー!!母ちゃんっ!!!」
なんか久しぶりだなぁこの感触っ!!!
そして襲い来るサブイボ。これだよこれっ!!!!

「ううぅ。さぶっ!!」

久々の感触に、なんとなくワクワク、ゾクゾクしながらも重い瞼を開けると、…そこには僕のよだれまみれのテッカテカのくっさい枕や、汗臭く、もともとは鮮やかぁーなブルーなのに、なんとなーく薄黄色くなってしまった敷布団はなかった…。
 
 代わりにそこは赤と金色の艶々した生地の座布団の上であることがわかった。

「んんっ!?」

 僕の意に反してというか、ある意味僕の希望にとんでもなく反して、そこは僕の部屋ではなく、まったく知らない場所であることを認識した。

 しかし、そこは
なんだかとても懐かしい匂いがした。
古ーい綿とか、タバコとか、お酒とか、お線香とか、加齢臭とか、昔のオーデコロンとか、おならとか、和菓子とか、とにかくそんな匂いをミックスした、とにかく独特な、なんだか懐かしいような、くさいようでくさいわけでもなく、それでいて心地良いような、言わんともし難い、言うなれば緑雲荘に似たような、落ち着く匂いのする座布団の上に僕は寝ていたのだ。(長っ!)


「ココアくん、起きなさい。ごはんよ!」

「母ちゃん…?ん!?えっ!?ミミさん!?」

目の前にミミさんが現れたのでびっくりする。

母ちゃんがいつものように布団を剥ぎ取って起こしに来たんだと思っていたからだ。
いつもの退屈な日常に引き戻されたならなんと幸せだっただろうに…。と思っていた。
そうか…。僕は猫でしたね…。

ミミさんが僕の顔を3度ほど舐めてから

「ごはんの時間だから起きて。」

とミミさんはキリッとした口調で言った。


 そこでようやく寝惚けていた僕は我に返った。
 
僕は一体どうしたんだっけか…。

そうだ…。「登別ホテルグランデ」から「ホテル多吉」に向かって温泉街のメイン通りを渡る途中で凍結した道に足を取られ、そして見事に滑ってトラックに轢かれそうになってデジャブ体験をしたところで記憶が途絶えたんだ。

「ミミさん…。ここはどこ?」

「私たちのおうちよ。」

「おうち…?僕は一体どうしたの?」

「道を渡ろうとしたところでココアくんが滑ってね…。トラックに轢かれそうになったから私が咥えて間一髪のところで逃げたのよ。ココアくん、気絶しちゃって…。」

「そうだったんだ…。ごめんなさい!助けてくれてありがとう。ミミさん。」

「いいのよ。私ももっと子供たちの走るスピードを考えるべきだったわね。サクラさんとね、ココアくんをちゃんと安全に送り出す。って約束したのに。その矢先にさっそくあなたを危ない目に遭わせてしまったわね。ごめんなさいね。」

「ううん。僕もちょっと他のことに気が逸れていたから…。」

「他のこと?」

「い、いや、なんでもないんだよ…。」

まさか僕がウサインボルトの世界新記録と子猫新記録に気が取られていたなどミミさんには口が裂けても言えないし、もし言ったとしても、そしてウサインボルトのあの弓矢のポーズを決めたとしても、分かってもらえないであろうことはそれこそ重々分かっていた。
「さ、ココアくん、お腹空いたでしょ。ごはんよ。」

僕はミミさんに誘われて座布団から立ち上がった。


 座布団の先には畳が広がっていた。
畳は少々ひんやりしたが、部屋の中央付近には石油ストーブが赤々と灯っていて空気はあたたかかった。

「お兄ちゃん!起きたの?」

「ごはんだよー!」

チョビとプリンが飛び跳ねて擦り寄ってくる。

 それにしても一体今は何時なのだろう。どれだけ眠っていたのだろう。そして今、朝ごはんなのか昼ごはんなのか、それとも夕ご飯なのか…。

 僕は時間や部屋の様子を確かめようと、まだ霞んだ目で辺りを見回した。
部屋はいたって普通の6畳から8畳の日本の家庭のリビングといった感じだった。
テレビがあって、こたつがあって、沸騰したポットのかかった石油ストーブがあって、茶器の入ったサイドボードがあって、近所の電気屋さんがくれたカレンダーがかかっていて、壁の上の方には自分なのか子供なのか孫なのかの賞状が何枚か飾ってあって、その隣には先代なのか先々代なのか先々々代なのか、先々々々代なのか、「この家の歴史。すなわち遺伝の様子です!!」って言うのがよーく伝わってくる似通った人々の白黒→カラーの肖像写真が並んでいて、ごみ箱と、その周りに投げ損じたであろうティッシュの屑があって、そして、茶色い木目がなんだか逆に高級に見える仏壇があった。


 なんかこう、世代って言うか、家族の歴史を感じられるリビングって良いよな…。って自分の家のリビングと照らしてみてちょっと嫉妬した刹那。テレビの左上にある時計がちょうど、というかすんごくキレイに、むしろ劇的に6時!と誇張するように時刻を指していたのが見えた。
6時ってのはなんだか特別で。真っすぐに垂直に時間と分を指している。

「えっと、ママと綾さんとおばさんと朝食食べたのがだいたい6時とか7時くらいだから…朝ってことはないよな。ってことは今は夕方かなぁ…。」そう思いながら部屋中をさらに観察した。

 その部屋に主である人間はいなかったのだが、部屋の奥にある開け放たれたガラスの引き戸の奥から人の声が聞こえてきた。


「ごはんだぞぅ。みんなぁ。おーいでぇー。ごはんだぞーぅ。」


 老人の、男性。というかおじいちゃんと思われる人間の声だ。

その声の方に向かってチョビもプリンもミミさんもしっぽをピーンとおっ立てて嬉しそうに小走りした。
「猫ってテンション高くなるとしっぽ立つのね…。」
という事象を目の当たりにし、猫の生態について少しながらも理解した僕は、
しっぽがあんな風におっ立ってたかどうかわからないが、僕も一緒にテンション高めにその後についていってみた。

 

 ガラス戸の敷居をまたぐとそこはキッチンだった。
広さは猫目線で見ても3~4畳くらいの広さがあるように見える。オフホワイトというかアイボリーというか、クリーム色のようなカーペットの敷かれた空間の右手には、ガス台やシンクがあり、左手には食器棚があった。


 そして正面に。声の主がいた。
ベージュの長袖の肌着の上に、先ほどの座布団のような赤色の艶々した絹のような生地に金色のひょうたん模様の刺繍が施してあり、リアルファーなのかフェイクファーなのかはわからないが、襟と袖口がモフモフした白い毛をあしらえたド派手な半纏を着て、もうお酒を飲んでいるのか、その半纏と同化するほど真っ赤な顔な、まるで猿のような顔をした見たところ80歳くらいの白髪の老人だった。

「豊臣秀吉かよ!」
僕が心の中でツッコむと、真っ赤な顔の秀吉が豪快に言った。

 

「今日は宴じゃ!みな、喰え!踊れ!」
秀吉は横一列に並べた4つの、ちょっとした脚のある高級そうな漆塗りの器に、木製の船に盛られたマグロやカニや白身などの新鮮な海産物の刺身の盛り合わせを、ドゥルンドゥルンと菜箸で掻きだすようによそい始めた。


 チョビとプリンは
「もうすでに彼らの食欲が理性を上回っています!」という解説を挟む間もなく

何コレ!!おいしい!!」
「おじいちゃん!おいしい!こんなのプリン食べたことない!」

と無我夢中でがっついていた。
人間目線で見ると、彼らは「ニャウンニャウン♪」と言いながら食べているところだ。
「ちょっと。チョビ、プリン!ねぇ!いただきますしないの?ミミさん、お行儀悪いですよね?」
とミミさんの方を見ると、
ミミさんも例外ではなく

「おじいさん。これはもしかして…。鮭児ですか…!?」

と、あまりのおいしさに絶句しつつも鮭を頬張る。という動作をしていた。

しばらくこの光景を僕は呆然と第三者として眺めていたのだが

「グゥゥゥゥー。」

と不意に鳴った腹の音に我に返り、皿に盛られた刺身をチョビやプリンに負けじと野生丸出しでムシャムシャと食べはじめた。
それは、生まれて初めて食べたというか、この世のものとは思えないほどに美味かった。という鮮明な記憶
として僕に刻まれた。
美味しかったではなく、美味かったである。
 美味しい魚というのはそれこそ死ぬほど食べてきたつもりだったが、いつもとは全く違ったからだ。
きっと、生死の狭。というものを2度も経験し、そして生きるために食べる。ということに気付き、食のありがたみやおいしさという幸せについて学んだ。からなのだろう。

「あっぱれよ!うまいか我が猫達よ!」
秀吉
はそう言うとドーン!と音がなるほどに豪快に床にあぐらをかき、大きな陶器の湯飲みに先ほど封を切ったばかりの日本酒をトックトックと注ぐと、グイっと一口で飲み干した。

そして
「これにより我が孫。おにぎりの命名の儀とする!!」

とすでに酒に酔っておぼつかない呂律ながら大声で言い放った。
「…え?我が孫?おにぎり?」
最初何のことを言っているのか意味がわからなかったが、だんだんと状況的に何を意味しているのか理解した。
「ふむふむ。…なるほどなるほどー。我が孫ってきっと僕のことですね。はい。
…でさ、おにぎりってなんだよ!おにぎりって!!おい秀吉ーっ!!おーい!!」
 

命名「おにぎり」


僕は意識を失い、知らぬ間に「ココア」から「おにぎり」に名前が変わっていた。


そして僕の。いや、「おにぎり」の冒険がこれから始まる。


次話⇒<第25話

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<<第23話>>

 緑雲荘を後にして、僕たちはミミさんたちの住む家へと向かった。

ミミさんを先頭にして子供たち、僕が最後尾と縦列体系になって森を進んだ。

ところどころ深い雪があったが、ミミさんが雪をかき分けてくれるので小さい僕らは雪に埋もれることなく歩くことができた。

 

 靴も靴下も履いていないので、敏感な肉球はとても冷たいし寒かったが、歩いているうちに体が暖かくなってきた。

ミミさんの子供たちは1人が男の子、1人は女の子だった。

「僕ね、チョビ。よろしくねお兄ちゃん。」

「私はね、プリンだよ。チャップリンっていうとっても有名な人間の名前から取ったんだって。」

なるほど、二人とも僕と同じハチワレ模様だが口元にちょび髭のような模様がある。

「僕は創・・・、あ、いや、ココアだよ。よろしくね。」

あやうく人間の時の名前を言いそうになった。

 そういえば創太という名前は父ちゃんが命名した。親父曰く、未熟児で生まれた僕に太くたくましく生きてほしい。という願いと、創造力のある人間になって欲しいという願いを込めたんだそうだ。

「ココア?どういう意味?」

「うんとね、ココアって言うのは人間の飲み物だよ。あったかくて甘くて美味しいんだよ。」

「へぇ。プリンもココア飲んでみたいなぁ。」

するとミミさんが後ろを振り向いてたしなめる。

「だめよ。人間の飲み物は怖いんだから。お父さんも人間の飲み物を飲んで何度死にそうになったことか…。」

 下を向いてフーっとため息をついた。

「一体何を飲んだんですか?」

ミミさんは上を向いて思い出すように

「そうね。白い泡のある黄色い飲み物とか、鼻にツーンとくる熱い飲み物とかかしらね。」

と言った。

 ミミさん。そ、それは恐らくビールと熱燗ですね…。そりゃ人間でもアル中になるくらいだから猫がお酒なんか飲んだらやばいだろうなぁ。

「美味しそうにおじいさんが飲むものだからくれくれ!って。おじいさんはこれは人間の大人の飲み物だ!って結局くれなかったのだけど、おじいさんが見てないうちにコッソリ飲んだのよ。」

「おじいさん?」

「そう。人間のおじいさんで、私たちの飼主さんよ。」

「へぇ。おじいさんが飼主なんだぁ。」

「サクラさんのところのおじいさんともとっても仲が良くて、よく一緒にあのツーンとする飲み物を飲んでいたわね。」

「そうなんだ。」

じいちゃんと仲良しのおじいさんがミミさんたちの飼主らしい。じいちゃんと仲良しだったおじいちゃんがいたのか。そう言えば僕はじいちゃんやばあちゃんがこの登別の地でどうやって生きてきたのか母ちゃんやママには多少は聞いたものの、全くもって知らなかったことを痛感した。

 

 やがて森は上り坂になり、しばらくして坂を上りきるとそこは尾根になっているらしく、視界が一気に開け、登別の温泉街が広く見渡せた。向かい側の傾斜にはロープウェイがあり、眼下にはホテルが軒を連ねているのがわかる。ホテル街はザ・温泉街。という感じだ。
「お兄ちゃんあそこがおうちだよ!」
その中に古びた茶色いタイル張りの5階建ての温泉ホテルが見えた。
なるほど、ママが大きな人間の巣。と例えたのがわかる。

看板には「ホテル多吉」と書いてある。

「…オオヨシ?…タキチ?…かな?」

いずれにせよちょっと昭和で古風で幸多そうなネーミングだ。

「着いた着いたー!」

チョビとプリンが駆け足でそのホテルに向かって雪の中をピョンピョン飛び跳ねるように走り出す。

子猫のその少しぎこちない走り方やピョンピョンとした飛び跳ね方は僕の猫目線で見ても可愛かった。僕がそれにキュン!としている間もなく

「こらっ!ママから離れたらダメでしょ!」

ミミさんが二人の後ろからまるで豹が獲物を狩るように大ジャンプをして飛びつき、両手で動けないようにガッチリと二人をヘッドロックをした。

僕が「ダブル二ーブラ!」とツッコミを入れたその刹那、僕は同時に母ちゃんのことを思い出していた。
※二ーブラ!はこれ。⇒
https://youtu.be/95CC2DYsjz0


 小学1年生の時。誕生日に買ってもらった自転車を覚え、喜んで家の周りをグルグル回っていた時だ。

父ちゃんが「創太!手振って!」とか「笑って笑って!」とご自慢の一眼レフカメラ片手にグラビア撮影のカメラマンよろしく僕に色々指示をしていた。僕はブルブル震えるハンドルを必死に操作しながら、自転車という乗り物を自分の力で運転している!という実感でめちゃくちゃ高揚していた。しかし、しばらくして。後ろから大きなトラックが来たと思った瞬間だ。ブレーキを強く握るもうまく効かず、逆にそのことによってハンドルが取られ、自転車が車道へと向かって行った。すると、それまで視界にいなかったはずの母ちゃんが「あぶない!」とどこからか飛び出してきて僕の首根っこと自転車両方をものすごい力で掴み、道の脇へと引き戻したのだった。

「何してんのよ!危ないじゃない!死ぬかもしれなかったでしょ!」母ちゃんが近所にも聞こえるような大声で僕を叱った。そして僕だけじゃない。父ちゃんもめちゃくちゃ怒られて、その日は僕と父ちゃんの大好きなすき焼きだったにも関わらず、まるでお通夜のような夕食を迎えたのだった。

 

 これが猫のしつけなのか…。母は強しとは人間も猫も同じなんだな…。

そんなことを思いながらミミさんと母ちゃんを重ねていた。

「ごめんなさーい。」

二人はシュンとしている。

「森は怖い動物がいっぱいいるんだから気を付けないとダメでしょ!」

「はーい…。」

反省している様子を見てミミさんが二人をリリースする。

「ところでミミさん、怖い動物って何なんですか?」

「そうね…。犬とか熊とかキツネとかね。それと上からいきなり襲ってくる大きな鳥とかもいるわよ。」

「ええええええ!!!!」

やっぱいるんすね…。熊。そりゃぁ北海道ですものね…。それにキツネとか鳥も危険なのか…。鳥ってのは猛禽類とかそのたぐいでしょうね…。

「お兄ちゃん、知ってるの?」

「うん。やばいよー。あいつらに襲われたら絶対死んじゃう。」

ここでそんなのに襲われるわけにはいかない。人間の体なら致命傷で済むかもしれないけれど、きっとこの子猫の体じゃひとたまりもない。こりゃ注意しないといけませんわよ!

 僕たちは改めて隊列を組みなおして先ほどよりも注意深く、辺りを見回しながら、頭を低くして、なるべく小さな声でしゃべりながら山を下りて行った。

 

 山を下りきると、「登別ホテルグランデ」というピカピカで豪華なホテルがあった。そのホテルの裏手から駐車場の脇をすり抜けるとメイン通りに差し掛かった。
ここを渡れば目的地のホテル多吉だ。

 午前中とはいえ、車も走っているし、宿泊客もスマホで写真を撮りながらワイワイ歩いている。

 僕らはメイン通りを渡るチャンスを駐車場の垣根の中から窺っていた。

なかなか人も車も途切れる雰囲気もなくやきもきする。

「そっかぁ。猫には安全に渡れる横断歩道はないわけね…。」

日本の車社会といものは、人間にとっちゃ便利だけども動物にとっては迷惑極まりないものだなぁと痛感する。これは猫になって初めて気づいた視点だ。それに僕たち子猫にとっては10メートルくらいであろう道幅がまるで100メートルくらいに見えるのだ。
 一体全体、全力疾走で何秒で渡り切れるのか…。ウサインボルトが出した世界新記録は100メートル9秒63だよねぇ。子猫がこの道を9秒63で渡り切ったら子猫新記録かな…。そんなおバカなことを考えている時だ。

「今よ!」

ミミさんがいきなり走り出した。プリンもチョビもそれに続いて走り出す。

おバカなことを独り妄想していた僕は一瞬出遅れた。

「待ってよ!みんな!」

急いで追いつこうと思うも寒さのせいか足がもつれる。そして僕は凍結した路面に見事に足を取られて滑っていく。

そして視界の右側には迫りくるトラックが。

「これ。どっかで見た風景だな…。」

急に周辺の景色がスローモーションになった。

そして僕の意識はそこで途絶えた。



次話⇒<第24話

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