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<<第19話>>
僕とママは綾さんと動物病院で一日過ごした後、登別温泉の緑雲荘まで綾さんに浜省のかかる車で送ってもらい、足湯でみんなで夕食を食べた。辺りはすでに真っ暗になっていた。
綾さんは昨日のレポートや僕らのごはんの準備でほとんど眠っていないのか、ものすごく眠そうだったし、肩も凝っているのか、夕食の最中に何度か目を閉じたり肩に手をやって首をグルグル回したりしていた。
ママはそんな綾さんに気づいたらしく、食事が終わるといつもは綾さんの膝の上に乗るのだが、今日は綾さんの後ろのベンチの背もたれにジャンプすると綾さんの肩を揉み始めた。
「綾さん、いつもありがとう。お疲れ様。」
「サクラちゃん、マッサージ上手ね。気持ちいい。」
「こう見えても緑雲荘の看板猫ですからね。」
綾さんは気持ちよさそうな顔をして微笑んでいる。
僕もママと同じように肩をマッサージしたかったのだが、ベンチの背もたれまでジャンプできそうにないし、背もたれに飛び乗っても綾さんの肩に届きそうにないので、ママの見よう見真似で綾さんの足を揉んでみる。右手と左手を交互に突っ張る感じで綾さんの左腿をグイグイ押していく。
「ココアくんもマッサージしてくれるの?あはは。」
綾さんはママの真似をする僕のマッサージが面白かったのかケラケラと笑っていたが
「じゃぁ二人のマッサージ師にちゃんとマッサージしてもらおうかしら。」
と足湯から足を出してベンチにうつぶせになった。
ママは肩担当、僕は腰担当ということで、二人で綾さんのマッサージをする。手だけでは効率が悪いので、足も使って綾さんの上で足踏みをしてみた。
「はぁー。気持ちいい。二人にマッサージしてもらうなんて、贅沢ね!私寝ちゃいそうだよ。」
そう言ったのも束の間、綾さんは本当に眠ってしまった。
スースーと寝息を立てる綾さんをマッサージしながら、綾さんの日常をずっと考えていた。綾さんは今日、朝の6時にはすでにごはんを作り終えていた。ということは、6時前には起きているのか、はたまた全く寝ていないということになる。それから一緒に食事をして、動物病院に行き、綾さんは一日中走り回っていた。そして今はもう夜。これから綾さんは札幌まで帰ってまた勉強をしてから寝るのだろうか。綾さんはいったい何時に寝ているのだろう。
そんなことを考えながらマッサージをしていた。僕は綾さんの腰から足にかけて足踏みしながらマッサージをしていると、デニムをまくった素足がめちゃくちゃ冷えいることに気付く。
「ママ、そろそろ綾さん起こさないと体が冷えちゃうよ。」
「大変!そうね、起こしましょうか。」
僕らはマッサージしていて動いていたので寒さを感じなかったのだが、寝ている綾さんの足先は足湯で濡れていたこともあり、完全に冷えきっていた。
僕は綾さんの頭の上まで歩いていき
「綾さん起きて。起きないと風邪ひいちゃうよ!」
と言うが綾さんは起きない。そこで今度はママの番だ。
「綾さん、風邪ひきますよ。起きてください。」
ママが綾さんの顔を舐めて起こそうとするも全く起きない。
最後は実力行使しかない。ママは今度は綾さんの鼻を軽く噛んだ。
「いたっ。んんんん…。寝ちゃった。」
ようやく綾さんが目を覚ます。
「うぅ。寒っ!」
綾さんが上体をムクッと起こしたので、僕は綾さんの頭から落ちそうになったがなんとかしがみつく。
僕を頭に載せたまま綾さんはゆっくり起き上がり、再び足湯に足を浸した。
「気持ち良すぎて眠っちゃったよー。」
「大丈夫?綾さん。疲れてるんじゃない?」
そう言うと、ようやく頭の上の僕に気付いたのか、両手で僕を膝の上に降ろした。
ママも膝の上に乗ると
「綾さん、私たちの世話で大変ですよね…。ごめんなさい。」
と頭を下げた。ママは綾さんに助けてもらった後ろめたさも感じているのか、申し訳なさそうな顔をしている。
「私は大丈夫よ。タフだから!」
ニッコリと笑う綾さんの目にはどことなく疲れが見えた。
翌朝、ママに起こされる。
「坊や、起きて。誰かが呼んでる。」
「え…。誰?」
寝ぼけているとママに咥えられてキャットスルーまで運ばれる。僕はいつものように冷たい土間で目がシャッキリとする。
外から
「サクラー。ココアー。」
と呼ぶ声がする。女性の声だが綾さんのものではないのは確かだ。
「僕の名前知ってる人って綾さんと病院の人だけだよね。」
「とにかく行ってみましょう。」
ママとキャットスルーをくぐって外に出る。声は足湯の方から聞こえてきた。
「サクラー。ココアー。ごはんだよー。サクラー。ココアー。」
足湯のところに青いつなぎを着て、母ちゃんと同じ白いゴム長を履いた中年のおばさんが立っていた。遠巻きで少し観察してみる。
「悪い人ではなさそうね。行ってみましょう。」
ママの後ろについていく。
「あー。来たのねー。あなたがサクラであなたがココアねー。おはよー。ごはんだよー。」
「あなたは誰ですか?」
「はい、ごはん。」
おばさんは僕の問いかけに答えず、タッパーを二つ開けて、ペットボトルからお皿に水を注ぐと僕とママに差し出した。
「え?綾さんは?」
ごはんよりもそれが気になる。
「どうしたの?たべないの?これ綾のレシピだから美味しいわよ。」
「坊や、とにかくいただきましょう。大丈夫だから。」
いつもは綾さんと一緒に3人でごはんを食べるのだが、おばさんは何かを一緒に食べる気配が無いので、僕とママでいただきますをしてごはんを食べ始めた。なるほど、綾さんのごはんと同じ味がする。僕たちが食べ始めたのを見て、おばさんは白いゴム長と厚手の長い靴下を脱ぐと足湯に足を浸した。
「これが綾の言ってた足湯ね。はぁー。生き返るわー。」
と天を仰ぎながらフー。とため息をついた。そしてこちらを見てニッコリとほほ笑んだ。
綾さんのことを綾と呼ぶ。そして綾さんから僕らのごはんのレシピを伝授されている。さらにつなぎに長靴。これは酪農とかしてる人っぽい。
「このおばさん、もしかして綾さんのお母さん!?」
僕の勘は当たっていた。
ごはんをキレイに食べ終わると、おばさんに
「ありがとう。美味しかったです!」
と言ってママと膝に乗った。するとおばさんが優しく撫でてくれる。
「サクラ、ココア。美味しかった?」
「はい。美味しかったです。ありがとうございます。」
頭を下げると、おばさんが語り始めた。
「私はね、綾のお母さんよ。綾がね、昨晩倒れちゃって。今日はピンチヒッター、お母さん。」
「えええええええええええええ!!!」
「あの子、こんなところまで毎日通ってたのね。」
「綾さん大丈夫なんですか?」
「綾はね、今日は1日入院するから、私にお世話お願いって。いつもあんまり自分から連絡してこないくせに、都合のいい子よねー。」
とおばさんが笑う。
「本当は保護したいのだけれど、サクラちゃんは緑雲荘じゃないとダメだから。ってね。毎日学校とここを行ったり来たりしてたみたいね。」
「ごめんなさい。私のせいで…。」
ママが昨日に続いて申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「いつまでもこの生活だと綾ももたないわ。早く良い飼主さんが見つかるといいのだけれど。」
「おばあさんが帰ってきたら、もう大丈夫ですから。ご迷惑はおかけしませんから。」
ママがおばさんに言う。
この言葉を聞いて僕はものすごく葛藤する。ママに真実を言うべきか言わぬべきか。その真実とは、ばあちゃんの事であるが、それを説明すると僕自身の事を話すことにもなる。果たして真実を言ってしまっても大丈夫だろうか。ママはきっと驚くし、悲しむに違いない。しかし僕に残された時間はあと329日。いつものように逃げて何事も先延ばしにしては前に進めないし、誰も幸福にはならないだろう。
そして僕はママに真実を話す決心をする。
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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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