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<<第24話>>
「起きなさい!」
「うーん…。まだ寝かせてよー…。」
「もう。寝坊助なんだから!ごはんよ!起きなさい!」
いつものように布団が剥ぎ取られる感触がある。
母ちゃんだ!
「スヌーズ機能」という至高の。いや!史上究極の発明を以てしても起きれない、最凶最悪の寝坊助の僕を、最終的に起こすことができるのは、そう。実力行使の母ちゃんだった。
「んああぁぁぁーーーー!!母ちゃんっ!!!」
なんか久しぶりだなぁこの感触っ!!!
そして襲い来るサブイボ。これだよこれっ!!!!
「ううぅ。さぶっ!!」
久々の感触に、なんとなくワクワク、ゾクゾクしながらも重い瞼を開けると、…そこには僕のよだれまみれのテッカテカのくっさい枕や、汗臭く、もともとは鮮やかぁーなブルーなのに、なんとなーく薄黄色くなってしまった敷布団はなかった…。
代わりにそこは赤と金色の艶々した生地の座布団の上であることがわかった。
「んんっ!?」
僕の意に反してというか、ある意味僕の希望にとんでもなく反して、そこは僕の部屋ではなく、まったく知らない場所であることを認識した。
しかし、そこはなんだかとても懐かしい匂いがした。
古ーい綿とか、タバコとか、お酒とか、お線香とか、加齢臭とか、昔のオーデコロンとか、おならとか、和菓子とか、とにかくそんな匂いをミックスした、とにかく独特な、なんだか懐かしいような、くさいようでくさいわけでもなく、それでいて心地良いような、言わんともし難い、言うなれば緑雲荘に似たような、落ち着く匂いのする座布団の上に僕は寝ていたのだ。(長っ!)
「ココアくん、起きなさい。ごはんよ!」
「母ちゃん…?ん!?えっ!?ミミさん!?」
目の前にミミさんが現れたのでびっくりする。
母ちゃんがいつものように布団を剥ぎ取って起こしに来たんだと思っていたからだ。
いつもの退屈な日常に引き戻されたならなんと幸せだっただろうに…。と思っていた。
そうか…。僕は猫でしたね…。
ミミさんが僕の顔を3度ほど舐めてから
「ごはんの時間だから起きて。」
とミミさんはキリッとした口調で言った。
そこでようやく寝惚けていた僕は我に返った。
僕は一体どうしたんだっけか…。
そうだ…。「登別ホテルグランデ」から「ホテル多吉」に向かって温泉街のメイン通りを渡る途中で凍結した道に足を取られ、そして見事に滑ってトラックに轢かれそうになってデジャブ体験をしたところで記憶が途絶えたんだ。
「ミミさん…。ここはどこ?」
「私たちのおうちよ。」
「おうち…?僕は一体どうしたの?」
「道を渡ろうとしたところでココアくんが滑ってね…。トラックに轢かれそうになったから私が咥えて間一髪のところで逃げたのよ。ココアくん、気絶しちゃって…。」
「そうだったんだ…。ごめんなさい!助けてくれてありがとう。ミミさん。」
「いいのよ。私ももっと子供たちの走るスピードを考えるべきだったわね。サクラさんとね、ココアくんをちゃんと安全に送り出す。って約束したのに。その矢先にさっそくあなたを危ない目に遭わせてしまったわね。ごめんなさいね。」
「ううん。僕もちょっと他のことに気が逸れていたから…。」
「他のこと?」
「い、いや、なんでもないんだよ…。」
まさか僕がウサインボルトの世界新記録と子猫新記録に気が取られていたなどミミさんには口が裂けても言えないし、もし言ったとしても、そしてウサインボルトのあの弓矢のポーズを決めたとしても、分かってもらえないであろうことはそれこそ重々分かっていた。
「さ、ココアくん、お腹空いたでしょ。ごはんよ。」
僕はミミさんに誘われて座布団から立ち上がった。
座布団の先には畳が広がっていた。
畳は少々ひんやりしたが、部屋の中央付近には石油ストーブが赤々と灯っていて空気はあたたかかった。
「お兄ちゃん!起きたの?」
「ごはんだよー!」
チョビとプリンが飛び跳ねて擦り寄ってくる。
それにしても一体今は何時なのだろう。どれだけ眠っていたのだろう。そして今、朝ごはんなのか昼ごはんなのか、それとも夕ご飯なのか…。
僕は時間や部屋の様子を確かめようと、まだ霞んだ目で辺りを見回した。
部屋はいたって普通の6畳から8畳の日本の家庭のリビングといった感じだった。
テレビがあって、こたつがあって、沸騰したポットのかかった石油ストーブがあって、茶器の入ったサイドボードがあって、近所の電気屋さんがくれたカレンダーがかかっていて、壁の上の方には自分なのか子供なのか孫なのかの賞状が何枚か飾ってあって、その隣には先代なのか先々代なのか先々々代なのか、先々々々代なのか、「この家の歴史。すなわち遺伝の様子です!!」って言うのがよーく伝わってくる似通った人々の白黒→カラーの肖像写真が並んでいて、ごみ箱と、その周りに投げ損じたであろうティッシュの屑があって、そして、茶色い木目がなんだか逆に高級に見える仏壇があった。
なんかこう、世代って言うか、家族の歴史を感じられるリビングって良いよな…。って自分の家のリビングと照らしてみてちょっと嫉妬した刹那。テレビの左上にある時計がちょうど、というかすんごくキレイに、むしろ劇的に6時!と誇張するように時刻を指していたのが見えた。
6時ってのはなんだか特別で。真っすぐに垂直に時間と分を指している。
「えっと、ママと綾さんとおばさんと朝食食べたのがだいたい6時とか7時くらいだから…朝ってことはないよな。ってことは今は夕方かなぁ…。」そう思いながら部屋中をさらに観察した。
その部屋に主である人間はいなかったのだが、部屋の奥にある開け放たれたガラスの引き戸の奥から人の声が聞こえてきた。
「ごはんだぞぅ。みんなぁ。おーいでぇー。ごはんだぞーぅ。」
老人の、男性。というかおじいちゃんと思われる人間の声だ。
その声の方に向かってチョビもプリンもミミさんもしっぽをピーンとおっ立てて嬉しそうに小走りした。
「猫ってテンション高くなるとしっぽ立つのね…。」
という事象を目の当たりにし、猫の生態について少しながらも理解した僕は、しっぽがあんな風におっ立ってたかどうかわからないが、僕も一緒にテンション高めにその後についていってみた。
ガラス戸の敷居をまたぐとそこはキッチンだった。
広さは猫目線で見ても3~4畳くらいの広さがあるように見える。オフホワイトというかアイボリーというか、クリーム色のようなカーペットの敷かれた空間の右手には、ガス台やシンクがあり、左手には食器棚があった。
そして正面に。声の主がいた。
ベージュの長袖の肌着の上に、先ほどの座布団のような赤色の艶々した絹のような生地に金色のひょうたん模様の刺繍が施してあり、リアルファーなのかフェイクファーなのかはわからないが、襟と袖口がモフモフした白い毛をあしらえたド派手な半纏を着て、もうお酒を飲んでいるのか、その半纏と同化するほど真っ赤な顔な、まるで猿のような顔をした見たところ80歳くらいの白髪の老人だった。
「豊臣秀吉かよ!」
僕が心の中でツッコむと、真っ赤な顔の秀吉が豪快に言った。
「今日は宴じゃ!みな、喰え!踊れ!」
秀吉は横一列に並べた4つの、ちょっとした脚のある高級そうな漆塗りの器に、木製の船に盛られたマグロやカニや白身などの新鮮な海産物の刺身の盛り合わせを、ドゥルンドゥルンと菜箸で掻きだすようによそい始めた。
チョビとプリンは
「もうすでに彼らの食欲が理性を上回っています!」という解説を挟む間もなく
「何コレ!!おいしい!!」
「おじいちゃん!おいしい!こんなのプリン食べたことない!」
と無我夢中でがっついていた。
人間目線で見ると、彼らは「ニャウンニャウン♪」と言いながら食べているところだ。
「ちょっと。チョビ、プリン!ねぇ!いただきますしないの?ミミさん、お行儀悪いですよね?」
とミミさんの方を見ると、ミミさんも例外ではなく
「おじいさん。これはもしかして…。鮭児ですか…!?」
と、あまりのおいしさに絶句しつつも鮭を頬張る。という動作をしていた。
しばらくこの光景を僕は呆然と第三者として眺めていたのだが
「グゥゥゥゥー。」
と不意に鳴った腹の音に我に返り、皿に盛られた刺身をチョビやプリンに負けじと野生丸出しでムシャムシャと食べはじめた。
それは、生まれて初めて食べたというか、この世のものとは思えないほどに美味かった。という鮮明な記憶
として僕に刻まれた。
美味しかったではなく、美味かったである。
美味しい魚というのはそれこそ死ぬほど食べてきたつもりだったが、いつもとは全く違ったからだ。
きっと、生死の狭。というものを2度も経験し、そして生きるために食べる。ということに気付き、食のありがたみやおいしさという幸せについて学んだ。からなのだろう。
「あっぱれよ!うまいか我が猫達よ!」
秀吉はそう言うとドーン!と音がなるほどに豪快に床にあぐらをかき、大きな陶器の湯飲みに先ほど封を切ったばかりの日本酒をトックトックと注ぐと、グイっと一口で飲み干した。
そして
「これにより我が孫。おにぎりの命名の儀とする!!」
とすでに酒に酔っておぼつかない呂律ながら大声で言い放った。
「…え?我が孫?おにぎり?」
最初何のことを言っているのか意味がわからなかったが、だんだんと状況的に何を意味しているのか理解した。
「ふむふむ。…なるほどなるほどー。我が孫ってきっと僕のことですね。はい。
…でさ、おにぎりってなんだよ!おにぎりって!!おい秀吉ーっ!!おーい!!」
命名「おにぎり」
僕は意識を失い、知らぬ間に「ココア」から「おにぎり」に名前が変わっていた。
そして僕の。いや、「おにぎり」の冒険がこれから始まる。
次話⇒<第25話>
※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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