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<<第23話>>
緑雲荘を後にして、僕たちはミミさんたちの住む家へと向かった。
ミミさんを先頭にして子供たち、僕が最後尾と縦列体系になって森を進んだ。
ところどころ深い雪があったが、ミミさんが雪をかき分けてくれるので小さい僕らは雪に埋もれることなく歩くことができた。
靴も靴下も履いていないので、敏感な肉球はとても冷たいし寒かったが、歩いているうちに体が暖かくなってきた。
ミミさんの子供たちは1人が男の子、1人は女の子だった。
「僕ね、チョビ。よろしくねお兄ちゃん。」
「私はね、プリンだよ。チャップリンっていうとっても有名な人間の名前から取ったんだって。」
なるほど、二人とも僕と同じハチワレ模様だが口元にちょび髭のような模様がある。
「僕は創・・・、あ、いや、ココアだよ。よろしくね。」
あやうく人間の時の名前を言いそうになった。
そういえば創太という名前は父ちゃんが命名した。親父曰く、未熟児で生まれた僕に太くたくましく生きてほしい。という願いと、創造力のある人間になって欲しいという願いを込めたんだそうだ。
「ココア?どういう意味?」
「うんとね、ココアって言うのは人間の飲み物だよ。あったかくて甘くて美味しいんだよ。」
「へぇ。プリンもココア飲んでみたいなぁ。」
するとミミさんが後ろを振り向いてたしなめる。
「だめよ。人間の飲み物は怖いんだから。お父さんも人間の飲み物を飲んで何度死にそうになったことか…。」
下を向いてフーっとため息をついた。
「一体何を飲んだんですか?」
ミミさんは上を向いて思い出すように
「そうね。白い泡のある黄色い飲み物とか、鼻にツーンとくる熱い飲み物とかかしらね。」
と言った。
ミミさん。そ、それは恐らくビールと熱燗ですね…。そりゃ人間でもアル中になるくらいだから猫がお酒なんか飲んだらやばいだろうなぁ。
「美味しそうにおじいさんが飲むものだからくれくれ!って。おじいさんはこれは人間の大人の飲み物だ!って結局くれなかったのだけど、おじいさんが見てないうちにコッソリ飲んだのよ。」
「おじいさん?」
「そう。人間のおじいさんで、私たちの飼主さんよ。」
「へぇ。おじいさんが飼主なんだぁ。」
「サクラさんのところのおじいさんともとっても仲が良くて、よく一緒にあのツーンとする飲み物を飲んでいたわね。」
「そうなんだ。」
じいちゃんと仲良しのおじいさんがミミさんたちの飼主らしい。じいちゃんと仲良しだったおじいちゃんがいたのか。そう言えば僕はじいちゃんやばあちゃんがこの登別の地でどうやって生きてきたのか母ちゃんやママには多少は聞いたものの、全くもって知らなかったことを痛感した。
やがて森は上り坂になり、しばらくして坂を上りきるとそこは尾根になっているらしく、視界が一気に開け、登別の温泉街が広く見渡せた。向かい側の傾斜にはロープウェイがあり、眼下にはホテルが軒を連ねているのがわかる。ホテル街はザ・温泉街。という感じだ。
「お兄ちゃんあそこがおうちだよ!」
その中に古びた茶色いタイル張りの5階建ての温泉ホテルが見えた。
なるほど、ママが大きな人間の巣。と例えたのがわかる。
看板には「ホテル多吉」と書いてある。
「…オオヨシ?…タキチ?…かな?」
いずれにせよちょっと昭和で古風で幸多そうなネーミングだ。
「着いた着いたー!」
チョビとプリンが駆け足でそのホテルに向かって雪の中をピョンピョン飛び跳ねるように走り出す。
子猫のその少しぎこちない走り方やピョンピョンとした飛び跳ね方は僕の猫目線で見ても可愛かった。僕がそれにキュン!としている間もなく
「こらっ!ママから離れたらダメでしょ!」
ミミさんが二人の後ろからまるで豹が獲物を狩るように大ジャンプをして飛びつき、両手で動けないようにガッチリと二人をヘッドロックをした。
僕が「ダブル二ーブラ!」とツッコミを入れたその刹那、僕は同時に母ちゃんのことを思い出していた。
※二ーブラ!はこれ。⇒https://youtu.be/95CC2DYsjz0
小学1年生の時。誕生日に買ってもらった自転車を覚え、喜んで家の周りをグルグル回っていた時だ。
父ちゃんが「創太!手振って!」とか「笑って笑って!」とご自慢の一眼レフカメラ片手にグラビア撮影のカメラマンよろしく僕に色々指示をしていた。僕はブルブル震えるハンドルを必死に操作しながら、自転車という乗り物を自分の力で運転している!という実感でめちゃくちゃ高揚していた。しかし、しばらくして。後ろから大きなトラックが来たと思った瞬間だ。ブレーキを強く握るもうまく効かず、逆にそのことによってハンドルが取られ、自転車が車道へと向かって行った。すると、それまで視界にいなかったはずの母ちゃんが「あぶない!」とどこからか飛び出してきて僕の首根っこと自転車両方をものすごい力で掴み、道の脇へと引き戻したのだった。
「何してんのよ!危ないじゃない!死ぬかもしれなかったでしょ!」母ちゃんが近所にも聞こえるような大声で僕を叱った。そして僕だけじゃない。父ちゃんもめちゃくちゃ怒られて、その日は僕と父ちゃんの大好きなすき焼きだったにも関わらず、まるでお通夜のような夕食を迎えたのだった。
これが猫のしつけなのか…。母は強しとは人間も猫も同じなんだな…。
そんなことを思いながらミミさんと母ちゃんを重ねていた。
「ごめんなさーい。」
二人はシュンとしている。
「森は怖い動物がいっぱいいるんだから気を付けないとダメでしょ!」
「はーい…。」
反省している様子を見てミミさんが二人をリリースする。
「ところでミミさん、怖い動物って何なんですか?」
「そうね…。犬とか熊とかキツネとかね。それと上からいきなり襲ってくる大きな鳥とかもいるわよ。」
「ええええええ!!!!」
やっぱいるんすね…。熊。そりゃぁ北海道ですものね…。それにキツネとか鳥も危険なのか…。鳥ってのは猛禽類とかそのたぐいでしょうね…。
「お兄ちゃん、知ってるの?」
「うん。やばいよー。あいつらに襲われたら絶対死んじゃう。」
ここでそんなのに襲われるわけにはいかない。人間の体なら致命傷で済むかもしれないけれど、きっとこの子猫の体じゃひとたまりもない。こりゃ注意しないといけませんわよ!
僕たちは改めて隊列を組みなおして先ほどよりも注意深く、辺りを見回しながら、頭を低くして、なるべく小さな声でしゃべりながら山を下りて行った。
山を下りきると、「登別ホテルグランデ」というピカピカで豪華なホテルがあった。そのホテルの裏手から駐車場の脇をすり抜けるとメイン通りに差し掛かった。
ここを渡れば目的地のホテル多吉だ。
午前中とはいえ、車も走っているし、宿泊客もスマホで写真を撮りながらワイワイ歩いている。
僕らはメイン通りを渡るチャンスを駐車場の垣根の中から窺っていた。
なかなか人も車も途切れる雰囲気もなくやきもきする。
「そっかぁ。猫には安全に渡れる横断歩道はないわけね…。」
日本の車社会といものは、人間にとっちゃ便利だけども動物にとっては迷惑極まりないものだなぁと痛感する。これは猫になって初めて気づいた視点だ。それに僕たち子猫にとっては10メートルくらいであろう道幅がまるで100メートルくらいに見えるのだ。
一体全体、全力疾走で何秒で渡り切れるのか…。ウサインボルトが出した世界新記録は100メートル9秒63だよねぇ。子猫がこの道を9秒63で渡り切ったら子猫新記録かな…。そんなおバカなことを考えている時だ。
「今よ!」
ミミさんがいきなり走り出した。プリンもチョビもそれに続いて走り出す。
おバカなことを独り妄想していた僕は一瞬出遅れた。
「待ってよ!みんな!」
急いで追いつこうと思うも寒さのせいか足がもつれる。そして僕は凍結した路面に見事に足を取られて滑っていく。
そして視界の右側には迫りくるトラックが。
「これ。どっかで見た風景だな…。」
急に周辺の景色がスローモーションになった。
そして僕の意識はそこで途絶えた。
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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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