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<<第22話>>

お皿をペロペロと舐めていると綾さんがこちらの様子を見た。

「サクラちゃんもココアくんも、食べ終わったみたいね。」

「いや、まだ終わってません!」

僕はお皿を舐め続けた。

「じゃぁ、みんなでごちそうさましましょうか。ごちそうさまでした。」

「ごちそうさまでした。」

「ごちそうさまでした。」

綾さんの号令でおばさんもママもごちそうさまと言ったのだが、僕はまだごちそうさまと言いたくなかった。

「まだ食べ足りないのかな?ココアくん。でもね、もう終わり。ほら。片づけるよ。」

と言って綾さんがお皿を取り上げようとする。僕は綾さんの手にしがみついた。

「待ってよ、綾さん!まだ終わってないって!」

このお皿が片付いたら作戦が始まるのだ。まだ心の準備ができてない。僕は綾さんの手に噛みついた。しかし歯が生え始めたばかりの僕の噛みつきは綾さんには全然効いていなかった。

「うふふ。ココアくん、そんなに美味しかった?」

僕はお皿を取り上げられまいと必死に抵抗した。するとその時

「坊や!…やめなさい。」

ママがはじめて聞く大きな声で言ったので、驚いて振り返る。ママは目に涙を浮かべながら僕の方を見つめていた。

 

 こんな泣きながら怒る顔はどこかで見たような気がした。

そうだ。母ちゃんだ。一度だけ僕に泣きながら怒ったことがある。それは親父が亡くなって火葬場で親父の棺が炉に送り込まれる寸前。

「やめてくれよ!お父さんを焼かないで!」

と棺にしがみついて抵抗する僕を泣きながら一喝したのだ。

 その時の母ちゃんの顔にそっくりだった。

 

「ママ…。」

ママも悲しいのを我慢しているのだ。それを悟って僕は綾さんの手から離れた。

そしてフーっと息を吐いてから言った。

「ごちそうさまでした。」

ママが目に涙を浮かべながら微笑み、僕の顔を暖かい舌でやさしく舐めてくれた。

 

「さ、片づけも終わり!二人ともこっちにおいで。」

食器を片付け終わった綾さんが足湯のベンチで僕らを誘うように膝を叩いた。

 

その時、足湯の向かい側に僕とよく似た白黒模様の親猫1匹と僕と同じくらいの子猫が2匹現れ、5メートルほど先で止まった。

「サクラさん、来たわよ。」

「ミミさん、ありがとう。恩に着るわ。」

「いいのよ。おじいさんとおばあさんには私も色々お世話になったからね。」

ママはその親猫と言葉をいくつか交わすと僕の方を向いて

「さぁ、坊や、行きなさい。」

と僕をその親猫の方へ行くようにゆっくりと鼻で指した。

「うん…。」

僕はゆっくりとした足取りでその猫たちの輪の中に入った。

「あなたがココアくんね。よろしく。」

「おにーちゃんよろしく。」

「あとで遊ぼうね!」

母猫は僕の顔を舐め、子猫たちは僕に懐っこく絡んできた。

「もしかしてココアくんのお母さんと兄弟!?」

「そうなのかい!そっくりねぇ!」

綾さんとおばさんがその様子を見て頷く。

「迎えに来たのね。」

「良かったねぇ。お母さんたちに会えて。」

いや、違うんだよ。僕を産んで育ててくれたのはママなんだ。そう綾さんたちに言いたかった。

「坊や、がんばりなさい。応援してるわ。」
ママは笑顔でそう言って僕を勇気づけてくれた。 

「ママ。ありがとう。産んでくれて。育ててくれて。絶対また会いにくるから。」

「うん。待ってるわ。」

「ママ。元気でね!それと、綾さん、おばさん。ありがとう!」

それぞれの顔を見てそう言うと

「あいさつは済んだ?それじゃぁ行きましょうか。」

と親猫のミミさんに誘われて僕らは森へと歩き出した。

「坊や!振り返らずに行きなさい!あなたなら必ずできるわ!」

「ココアくーん!またね!元気でね!」

ママと綾さんの声が背後から聞こえる。振り返りたかったが、振り返ったら心が負けてしまいそうな気がして僕は涙を堪えてそのまま歩き続けた。

 

 森の中に入り、綾さんたちの視界には入らないであろうところからママや綾さんたちの様子を見ていた。綾さんはママと何やら話をしながら、ママをしばらく撫でていたが、やがて足湯から足を出してタオルで拭うと、荷物を抱えておばさんと軽トラックへ歩いていく。ママもそれにソロソロと付いていくと、綾さんの後ろからスルリと助手席に飛び乗った。

 後ろの窓から綾さんとおばさんが顔を見合わせて言葉を交わしているのが見える。ママを連れて行くのかどうか相談しているのだろう。

 そしてしばらくすると、エンジンがかかり、綾さんが助手席のドアを閉めると軽トラックはママを乗せたままゆっくりと走り出した。

「良かった…。ママ…。元気でね。」

軽トラックが見えなくなるまで僕は見送った。

 

 

 昨日の晩、僕とママはこれからのこと、そして作戦について押入れの中で話し合っていた。

「あなたはやっぱり1人で行きなさい。」

「え?なんで?一緒に行こうよ。」

「あなたはとても小さいし、守ってあげたいけれど、あなたには知恵も勇気もあるわ。それに、私は猫としてはもうおばあさんだからこの先あなたの足を引っ張ってしまうかもしれない。」

「そんなことないよ!」

「ううん。私も衰えてきたのは自分でもわかってるから。この前の検査もね、あまり良くなかったみたいだし。」

「嘘だよ!そんなの!綾さんは問題ないって言ってたじゃん!」

「いいから。聞いて。これはあなたの試練なの。あなたが自分の力でやり抜いてこそ神様も認めてくれるんじゃないかしら。」

「それは…そうかもしれないけど…。じゃあママはどうするの?ここにいると綾さんに負担になるし、ばあちゃんはもう帰ってこないんだよ?」

「分かってる。だから私は綾さんのお母さんのところに行くわ。」

「おばさんのところに?」

「綾さんのお母さんね、きっと猫を飼ってるの。」

「そんなこと、なんでわかるの?」

「服に猫の毛が付いていたし、それにあの撫でてくれるときの手つきは猫が好きな人間のものよ。」

「そうなんだ…。」

「そうよ。」

「でも、僕がいなくなると綾さん心配するよね。」

「それはね。良いアイディアを思いついたの。」

「良いアイディア?」

「そう。あなたのようなハチワレ模様の猫でね。ミミさんっていう猫がこの先の大きな人間の巣に住んでるの。ミミさんにはちょうどあなたと同じくらいの子供たちもいてね。綾さんに、ミミさんがあなたの本当のお母さんだと思わせるのよ。」

「なるほど…。」

ママや綾さん、おばさんと離れるのは辛かったが、猫神様との約束を考えると前に進むしかない。僕には苦渋の決断だったが、そうするしかないのかもしれない。

「そうと決まれば、私はミミさんにお願いしに行ってくるわ。」

「うん…。」

 

 

 こうして、作戦は無事に成功し、僕はママと綾さんと別れた。

「これも1つの試練だったのかな。」

そう思うと自分が少しだけ大きくなったような気がした。

 

そして僕の新しい試練が始まる。



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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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