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<<第21話>>



 その晩も翌
朝翌晩も、おばさんがごはんを作って持ってきてくれた。

「今日も大事をとってピンチヒッターお母さん。」

なんだそうだ。

しかし、別れ際におばさんが

「今日から綾もお休みでうちに泊まることになってるし、明日の朝は綾と一緒に来るわね。」

と言ったことで、早くも僕らの作戦の決行が決まった。

 

 翌朝。いつもママに起こされるのだが、その日はなかなか寝付けずママよりも早く起きていた。いてもたってもいられなかったからだ。そして早起きした分、尿意も早くやってくる。

「うぅー。トイレ行きてぇ…。」

チラリとママを見るが、ママはまだ寝ている。ママを起こして下に降ろしてもらうか悩んだが、これから先のことを考えると、ママに頼ってばかりもいられない。押入れの2段目から自分で降りたことはなかったが、なんとか1人で降りてみることにした。

 

 下を覗きこむと子猫視点ではやはり結構高い。

「どうやって降りようかな…。ここはやっぱり、猫らしく頭から…。いや、それは怖いだろー。まだ手も短いし絶対あごとかぶつけそうだよなぁ。やっぱお尻からかな…。こうやって。」

と降りるイメージをしながらああでもないこうでもないとウロウロしていた時だ。僕は不意に後ろ足を踏み外してしまう。

「あぶねっ!」

 瞬間的に両手で目の前にあるタオルケットを掴む。

 
 猫の手というのは人間のそれとは違って、関節が少ないし、しかも親指がない。いや、まぁあるって言えばあるんだけれどまったくと言って良いほど機能しない親指の跡みたいのしかない。そんなものだから人間や猿のように物をギュっと掴むのが難しいのだ。だが、その代わりに物を掴むように指に力を入れようとすると、爪が飛び出すのだ。
「おぉ!すげ!ナイス爪!」 
爪がタオルケットにガッシリと食い込み、僕はタオルケットにぶら下がった状態になる。 

「ふー。危なかったー。…って降りようとしてたんじゃないのか。ふはははは。」

と安堵したのも束の間。タオルケットが僕の重みで落下し始める。

「マジかーぁぁぁぁ!」

 

 こういう事故的な瞬間というのは一瞬の出来事なのに僕には何故か時間がゆっくりになって、スローモーションに映る。この瞬間に人は走馬燈というのを見るのだろう。僕の場合はただ、まわりの景色がスローモーションになるだけだけれど。僕が自転車でコケてトラックに轢かれたときもそうだったし、湖でおぼれたときもそうだった。そして今も。

 

 周りの景色がゆっくりと上に向かって流れていく。つまり僕は落下しているのだ。創ちゃん絶対絶命。

「これ…。また死ぬのか…。」

と思った次の瞬間、僕は尻餅をついた。

「痛っ!くない…。それほど。」

実際は一瞬スルッと落下しかけたものの、タオルケットと共にゆっくりズルズルと下に降りただけ。だったようだ。

「あーびっくりした。なんだなんだ。そうかそうか。うんうん。なるほどなるほど。」

誰も見ていないだろうけれど、死を覚悟した自分に少し恥ずかしくて照れ隠しをする。

 

 こうして畳の床に無事着地した僕は、次の難関である階段を一段一段なんとか下り、キャットスルーをくぐり抜け、トイレをマッハで済ませた。野犬やいつ冬眠から覚めるかもわからない熊が怖かったからだ。急いで旅館の中に戻ると、あの玄関のコルクボードの写真や寄せ書きを眺めていた。じいちゃんやばあちゃんやママの写真を見ていると、こみ上げてくるものがあったが、ぐっと堪えた。それにじいちゃんもばあちゃんも天国で応援してくれているに違いない。

「見守っててね、じいちゃん、ばあちゃん、親父。」

 

 部屋に戻ろうと踵を返すとママがすぐ隣にいたのでびっくりする。

「うわぁ!…いたの、ママ。」 

「坊や一人でできたのね。」

「うん。いつまでも甘えてられないし。」

「そうね。でも、もっと甘えて欲しいのだけれどね…。」

ママは少し寂しそうな顔をしたように見えた。

そして二人で並んでコルクボードの写真を眺めていた。

しばらくすると外から声が聞こえる。

 

「サクラちゃーん、ココアくーん。ごはんだよー。」

「サクラー、ココアー。」

綾さんとおばさんの声だ。

「綾さんたち来たみたい。さぁ。行きましょうか。」

ちょっと名残り惜しかったが、ママの先導で足湯に向かう。


 足湯のところでは、綾さんとおばさんが食事の準備をしていた。

「おはようございます。」

「おはよう。綾さん、おばさん。」

二人のもとへ小走りで向かった。

綾さんは普段どおり、ニコニコしている。

「綾さん大丈夫?」

「大丈夫ですか?綾さん。迷惑かけてごめんなさい。」

ママは綾さんの足にまとわりついて頭をこすりつけた。

僕も真似して頭をこすりつけてみる。

「二人ともごめんねー。もう大丈夫だからね。さぁ、今日はスペシャルメニューだよ!」

綾さんがタッパーからごはんを取り分け、おばさんは綾さんと自分のおにぎりを用意してから、魔法瓶からお茶を湯呑に注いだ。

 

 それぞれの準備が整うと、綾さんとおばさんは足湯に足を浸した。そして綾さんの号令。

「それじゃ、いただきます。」

「いただきます。」

「いただきます。」

「いただきます。」

綾さんとおばさんは合掌してからおにぎりを食べ始めた。僕らのごはんは鮭と野菜の蒸し煮のようなものだった。とてもおいしそうだ。しかし、僕もママも食べはじめなかった。しばらくボーっとお皿を眺めていると

「どうしたの?これ、嫌いかしら…。」

綾さんが少し心配そうな顔をしてこちらを見てくる。それを見てママが

「坊や、いただきましょう。綾さんが作ってくれたごはんよ。」

「うん。今日はゆっくり味わって食べるよ。」

ようやく僕たちは食べ始めた。

「どう?おいしい?嫌い?」

綾さんが聞いてくる。

「おいしいです。」

「おいしいよ、綾さん。おいしい…。」

味は多分本当に美味しかったんだろう。けれど僕にはごはんの味はほとんどしなかったし、いつものようにしっかりとミキサーで細かくしてあるのだけれどいつもよりも飲み込み辛さを感じていた。普段ならばごはんとなればガツガツと一瞬で食べてしまうのに、一口一口噛みしめるようにゆっくりと時間をかけてごはんを食べた。

 そして食べ終わるといつもよりも多く何度も何度もお皿を舐めた。

「ごちそうさまでした。」

この言葉を少しでも先延ばしするように。

しかし時と言うのは無情なもので。その時はやってくる。



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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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