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僕が見たとてつもないもの。
それは普通ならば見落としてしまいそうな、ちょっとしたものだった。
綾さんのまとめているレポートの内容は現在あの動物病院に入院する猫や犬の診察方法や診断結果、経過をまとめたものだということがなんとなくわかった。
写真にはあの病院で会話したチョコくんやミーちゃんの写真などもあった。いずれも予後は良好。と書かれていたので一安心したのだが、そこでホッとして視線を落としたその時だ。パソコンの画面の下にあるタスクバー。その右側の時計に何気なく目が行った。
そこには22:36と表示されていた。
「もう10時半過ぎだよ綾さん…。」
と思ったのも束の間、その下段の日付表示が鮮明に目に飛び込んできたのだ。
「2015/3/10。…あぁ。今日はもう3月10日かぁ。って、ええええええ!!2015年!?」
僕がヤマジョとカラオケをして、事故を起こし、三途の川に行ったのは忘れもしない、2016年2月4日だ。今年のバレンタインは絶対にチョコを貰うんだ。と光一と淳平と色々画策していたことを思い出す。
日付表示が本当だとすると、僕が以前ママの発言から仮定していた通り、僕は事故から1年前に生まれ変わったことになる。しかも、僕は今日病院で白髪眼鏡先生にだいたい生後6、7週目と診断された。2月4日から3月10日までは34日。5週目いっぱいとなるが、僕が1人でママの母乳を独占して飲みまくって普通の仔猫の平均よりも成長が少し早かったのだとすると、辻褄も合ってくる。
「僕はやっぱり1年前に猫に生まれ変わったんだ…。」
僕に与えられた猶予は1年間と猫神様は言っていたけれど、僕はあの日、2月4日までに魂を磨けば、もしかしたら元に戻れるのだろうか。今、人間の僕は何をしているのだろうか。淳平や光一とおバカなことをしているんだろうか。そして母ちゃんは1年前と同じように元気にしているのだろうか。色々なことが頭を駆け巡った。
しかし、何にせよ僕がとにかく魂を磨かない限り、猫神様は上に話を通してくれないということには変わりない。1年間、というかもう残り11か月弱。この姿で魂をどうやって磨けばいいんだろう…。などと考えていたら、鬼のように勉強する綾さんとは対照的にいつものように僕はどっぷりと眠りに落ちて行った。
「サクラちゃん、ココアくん。ごはんだよー。」
と綾さんに起こされて目が覚める。
いつの間にかダンボールベッドの中にいたようだ。僕とママは段ボールから這い出してリビングへと向かう。
テレビの上にある時計は朝の6時を指していた。
「綾さん…。早いよー。」
とつぶやきながら重い瞼をパチパチしながらごはんの前まで歩いていく。
すでにお盆の上に僕らのごはんとお水、こたつの上には綾さんのごはんが並べられていた。
今6時と言うことは綾さんはもっと早くから起きて食事の準備をしていたのか…。それとも昨日レポート書いてたし、もしかして寝てないんじゃ…。
そんな心配をしつつ、昨夜と同じように僕らは3人で一緒に食事をした。そして食後、ママとこたつの中で食後のグルーミングをしている時だ。綾さんが食器を片付け終わり、こたつに戻ってきてテレビのスイッチを入れた。そしてニュースの音声が聞こえてきた。
「今日で東日本大震災からちょうど4年になります。」
その音声に反応して、こたつから這い出してテレビを見た。
テレビでは、東日本大震災の当時の模様や、今現在の被災地の様子、復興の状況などが映し出されている。
あれは2011年の出来事だ。ちょうど4年ということはやはり今日は2015年。そしてあの忌まわしい震災の起こった3月11日ということになる。
4年前。僕にとっては5年前だが当時のことはよく覚えている。僕は小学校6年生で、卒業制作のオブジェの仕上げを6年生全員で体育館でしていた時だった。大きな地震があってみんなで校庭に避難し、そして急遽集団下校をした。それからしばらく流通が麻痺したり、魚の仕入れが困難になったり、計画停電があったりで、うちの店はしばらく閉店する羽目になった。
そしてその年の夏。中学生になった僕は、震災の影響で観光客が減ったのか、「部屋が空いているから遊びにおいで。」と招かれて夏休みに1人で緑雲荘に遊びに来たのだ。そしてそこで出会ったのが綾さんだった。
今ここでこうして綾さんにお世話になっている事にすごい運命的なものを感じた。いや、それとも猫神様がわざとこうなるようにしたのか…。とにかく今日は2015年3月11日。僕の命の猶予は残り330日。ということだけは改めて明確になった。
しばらくテレビを眺めながら考え事をしていて体が冷えた僕は、こたつの中に戻ると
『子猫+食後+あったかい=強力な眠気』
という方程式に抗えず、そのまま眠りに落ちてしまう。
「サクラちゃん、ココアくん、そろそろ行くわよ。」
という声とともに綾さんにいきなり寝ているところを抱き上げられて、キャリーケースの中にママと一緒に入れられる。
そして大変残念なお知らせが。綾さんはすでに部屋着のスエットからバッチリ着替えていた。ラストチャンスを逃し、トホホ。とうなだれる僕を知ってか知らぬか、ママが慰めるように舐めてくれた。
アパートを出ると外はやはりめちゃくちゃ寒かった。大塚産業株式会社札幌支店の看板のある通りを抜けて駐車場に着くと、綾さんは助手席側のドアを開けて僕らのキャリーケースを助手席に固定した。そしてドアを閉めると運転席側に回り、ドアを開け、運転席に座ると
「すぐ温かくなるからね!ちょっと我慢してね!」
と言ってエンジンをかけ、エアコンをマックスにした。そしてドアポケットから何やら取り出すと、一旦外に出て車のガラスをそれでガリガリ擦り始めた。フロントガラスに霜が付いているのだ。さすが北海道。3月でも氷点下らしい。寒いわけだ。
綾さんは車のガラスの霜を取り終えると運転席に戻ってきた。
「準備オーケー!それじゃぁ出発進行!」
カーステの再生ボタンをオンにすると、アクセルと同時にいつものように浜省の曲が車の中に流れた。綾さん浜省好きだなぁ。ちょっと古臭いよなぁ。などと思って最初は聞き流していたのだが、ある曲の歌詞が突然心に突き刺さった。その曲は「家路」というバラードだ。歌詞は大人の事情で載せられないので、要約すると「超疲れてても、すんごく孤独でも、めちゃくちゃ離れてても絶対にあの場所へ帰ってみせる。」というもの。
うん。大人の事情って大変。
そんなわけで浜省の「家路」に心を打たれて、その歌詞の意味や僕のこれからのことをずっと考えていた。そして導き出した答えは
「やっぱ、2月4日までにどうにかして家に帰ろう。」
だった。綾さんとずっと一緒にいたいけれど、別れるのはさみしいけれど、もし元に戻れなくてこの命が終わってしまうのならば、最期にはどうしても母ちゃんに会いたい。
それにもし万が一、元に戻れるのならば、あの日をやり直せるかもしれない。そして人間として、青山創太として綾さんに会いに来ればいい。
しかしこの雪の残る氷点下の北海道をこの小さい体で旅立つというのは自殺行為かもしれない。良く計画を練って準備しよう。そして出発までにできるだけ大きくなろう。
以前同じことを考えていたが、改めてそう決心し、僕の目標は明確になったのだが、そんな矢先に事件が起こる。
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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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