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<<第17話>>
僕とママは綾さんのいるリビングへと向かった。この部屋は先ほど入ってきたときに通った部屋だ。キッチン兼リビングになっていて、だいたい8畳くらいはあるのだろうか。寝室よりも若干広い感じがする。
中央にはこたつ。キッチンの反対側にはテレビやDVDデッキ、本棚などもあるのだが、やはり質素な感じで無駄が無い。
綾さんはこたつの脇にお盆を置き、その上にお水の器とママのごはん、僕のごはんを置き、自分のごはんをこたつの上に並べた。
「さぁ、食べて。ココアくん、まだ気持ち悪いかなぁ?食べれるかなぁ?」
綾さんはちょっと心配そうな顔をしている。
「大丈夫。もうお腹ペコペコだよ!」
と元気に答える。
「ん?どうしたの?いいよー。食べて。それともまだ気持ち悪い?」
僕が食べ始めないのを見て綾さんが言うが、実は僕たちは綾さんが着席して一緒にいただきますをするのを待っていた。
「綾さんも座ってください。」
ママが背筋を伸ばして言ったのに反応して綾さんが
「え?もしかして私を待ってるの?」
ちょっと驚いた顔をしてから
「ごめんごめん!」
と慌ててこたつに着席した。
「じゃ食べましょうか。いただきます!」
「いただきます。」
「いただきまーす!」
3人で同時にごはんを食べ始めた。
「どう?おいしい?食べれる?」
と綾さんが食べながらこちらの様子をチラチラ伺う。
ママも
「坊や、ゆっくり食べてね。今日は痛かったでしょう。お注射したから気持ち悪くはないかしら?」
と時折声をかけてくれる。
「うん。大丈夫。おいしいよ!」
やはりごはんはみんな一緒がいい。3人で顔を見合わせながら食事をするひとときというのは改めて格別な気がした。親父が死んでからというもの、食卓を3人で囲むことは無かった。母ちゃんは1人で2人分の仕事をしなければならず、日曜日以外ほとんど1人で食べていたからだ。なので食事と言うと、朝食はガツガツと猛スピードで掻きこんで一瞬で終わらせ、夕食はテレビを見ながらダラダラ食べる。というのがもっぱらだった。
それに足湯で3人で食べるごはんも、オープンエアで気持ちいいし楽しいのだが、暖かい家の中でこうして3人で食べる食事はなんだかとてもありがたかった。
僕はなんだかこの幸せなひとときをずっと味わっていたくて、いつもよりゆっくりと味わいながらごはんを食べた。
そしていつものように「このお皿をもう洗わなくても使えますよ!」くらいキレイにペロペロ舐めたあと、僕とママはごちそうさまをした。
「良かった。ココアくん大丈夫そうね!」
「うん!全然大丈夫。ありがとう綾さん。ごちそうさまでした。」
綾さんはまだ食事中だったので、僕たちは綾さんに寄り添うようにして食後のグルーミングをした。
綾さんも食事が終わり
「ごちそうさま。」
と言うと、水の器を残して僕らの食器と自分の食器を片付けた。その手際の良さを見ていると
「綾さんは良いお嫁さんになるよなぁ。」
などと勝手につぶやいていた。
綾さんは食器を洗いながらお湯を沸かし紅茶を淹れると、マグカップを持ってこたつに戻ってきた。
「さ、おいで。」
と綾さんがポンポンと両腿を叩く。
僕たちは足湯の時のように綾さんの左腿に僕。右腿にママが乗っかった。
綾さんは両手で僕たちを撫で、時折マグカップを口に運びながら話しかけてくる。
「今日は2匹ともお疲れ様でした。ココアくん痛かった?」
「うん。ちょっと怖かったよ。病院。それにさ、採血って首からするんだね。あれ超痛かったし!」
綾さんに猫語が通じないのはわかっていたが、僕は普通に綾さんの問いかけに答えた。
「痛かったよねぇ。ワクチンも打ったし。ぐったりしちゃう子も多いからね。もう大丈夫かしら。」
「うん。もう気持ち悪くないよ。」
「そう。大丈夫そうね。」
なんとなく会話がかみ合っている。
「明日一緒に病院に行って、採血の結果を聞いたら夕方にはおうちに帰ろうね。今日はここで1泊だけ我慢してね。」
「はい。」
「よし。じゃぁ暖かいおこたで暖まって。」
と綾さんはこたつ布団を持ち上げると、僕らをこたつの中へと導いた。
こたつの中は真っ赤でとても暖かかった。食後にこの暖かさは反則だ。僕とママは一瞬で眠りに落ちてしまった。
次に目覚めたのはドライヤーの音がきっかけだった。綾さんが食後にお風呂に入った後、髪を乾かしているのだろう…。って綾さんお風呂入ってたの!?早く言ってよ!
居ても立っても居られなくなった僕はこたつの中でスヤスヤと眠るママを起こさないように静かにこたつの中から這い出して、ドライヤーの音のする方へと向かった。
玄関を入ってすぐ左手のところに扉があり、少し隙間が開いている。どうやらそこからドライヤーの音が聞こえてくる。恐らくそこに洗面所とお風呂があるのだろう。僕は抜き足差し足、音を立てないように近づいて行った。
綾さんは今、一体どんな格好をしているのだろう。バスタオルを巻いて髪の毛を乾かしている綾さんの姿を勝手に想像していたが、もしかしたら下着姿とかマッパ!なんてのもありうる!ありうるぞー!!僕は心臓をバクバクさせながら扉へと近づいていった。
そして扉の前まで来ると、息を整えるように一度深呼吸して、隙間からゆっくりと覗きこんだ。
するとそこには僕の期待にとんでもなく反して先ほどのスエット姿で洗面台の前に立ち、鏡を見ながら髪の毛を乾かす綾さんがいた…。
「オーマイガ―!遅かったかー!」
頭を抱えてそうつぶやくと、猫神様が
「お前さー。ホント馬鹿だなー。」
とあきれた顔をしているのが一瞬脳裏にカットインした。
「いやいや、オーマイガ―とは言いましたけども呼んでませんよ猫神様…。これは思春期真っ只中の僕の試練なんですか…?」
「んなわけあるかーい!」
とツッコミ猫パンチをしてくる猫神様がまたカットインしてくる。
もうこれ以上肩は落ちませんよ。と愕然として固まっていると、髪を乾かし終わったのか、ドライヤーを切ってコードをまとめていた綾さんが僕に気づいた。
「あれ?ココアくん。どうしたの?迎えに来てくれたの?」
「ええ。そうですよー。迎えに来たのですよー。決して覗きにきたのではありませんよー。」
「そっかぁー。ありがとう。」
綾さんはしゃがみ込んで両手で僕を抱き上げると、よしよしと言いながら石鹸のいい匂いのする胸元に抱きかかえて、再びこたつの方へと向かった。
これはこれで悪くないぞ。
僕は綾さんの胸元からあたりを見回した。
今までよりも視点が高いので、部屋の様子が良く見える。そしてテレビの上に時計があるのが目に入った。時刻はちょうど9時だった。
綾さんは僕をこたつの中に入れると、何かを寝室に取りに行ってからまた戻ってきて、こたつの中に足を入れてきた。何やら作業をしているようだ。一体何をしているのか気になって、綾さんの足伝いにこたつの外に這い出す。
「ココアくん、暑いの?」
「いや、そういう訳じゃないけど。綾さん何してるの?」
「暑いのか。じゃ、ここにおいで。」
うん。かみ合ってない。
抱き上げられて、綾さんのお腹のあたりのこたつ布団の上に置かれるが、僕は気になったので少し乗り出してこたつの上の様子を見てみることにした。
そこには分厚い本数冊とファイルとノートパソコンがあった。本には『小動物臨床ピクチャーテスト』『小動物の臨床検査』などと書かれている。
「明日提出だから今日中にこのレポート終わらせないといけないのよね。だから邪魔しちゃダメよ。」
「はーい。」
綾さんはノートパソコンの電源を入れ、本やファイルのグラフを見ながらワープロや表計算ソフトをなどを立ち上げてものすごい勢いでタイピングをしはじめた。
時折文章に差し込む画像は恐らく動物の皮膚や臓器の写真なのだろう。少しグロテスクなものまである。僕には何のことだかさっぱりわからなかった。
綾さんめちゃくちゃ難しい勉強してんだなぁ。しかしそれに比べて僕ときたら、これほど真面目に勉強をしたことなんて一度もないよな。
僕はそのものすごい勉強っぷりをただただ呆然と、眠気を帯びつつ眺めていた。
しかし、ふとした瞬間にとてつもないものを見てしまい僕の目は一瞬で覚めることになる。
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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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