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<<第15話>>
「この子の名前はココアです。雄です。サクラちゃんが育ててるのですが、サクラちゃんは過去に避妊手術をしているので、どこかの猫が産んだ子の母親代わりをしているんでしょうね。」
綾んさんは白髪眼鏡先生の問いに淡々と答えた。
「えええええええええええええ!!」
僕は愕然としながらもママの方を振り返るが、ママは聞こえていないのか、それとも聞いていないのか、はたまた聞こえているけれども聞こえていないフリをしているのか、採血されたところを一生懸命舐めている。
「子猫1匹って言うのも珍しいからねぇ。」
と白髪眼鏡先生は言う。
「え?僕…。ママの子じゃないの!?」
話が唐突すぎて僕はわけがわからなくなって、呆然としたまま診断を受けた。
「体重は…680グラムね。」
「歯は乳歯がもう生えそろってるね。体重と歯の感じから見ると生後6、7週目ってところかなぁ。」
途中まで僕は完全に思考停止状態だった。
しかし先生の次の一言で一瞬にして我に返る。
「じゃ採血しようか。小さいから首からね。」
「はい、先生。」
「え!?」
綾さんは僕を診察台に横向けに寝せて右手で僕の手足を固定し、さらに左手で喉元を伸ばすように首を固定した。先生は僕の喉元をアルコール消毒して、血管を探しているのか毛を掻き分けている。
「ちょっ!ちょっ!待って!え?ええ?首から取るの?マジ!?ウソでしょ!」
抵抗しようともがきたいのだが、体も頭も綾さんにがっちりホールドされて動けない。
そして何も見えないのを良いことにブスッ!と躊躇なく首に注射器の針が刺さる。超痛い。
しばらくして針が抜かれる。
「痛いよ!超痛いよ!なんだよもぅ!刺す前に『ごめんなさいねー。ちょっとチクっとしますよー。』とか普通言うだろ!」
と涙目になっていると、さらに間髪入れずに先生が言う。
「じゃ、ワクチンも打っとこうか。」
男性の助手が今度は注射器とワクチンらしき容器を持ってくるのがわかる。
「ちょっと!先生!バカじゃないのマジで!って、ちょっ!やめっ!ああっ!」
ブスッ!今度は容赦なく足に注射される。
針が刺さる痛みとともに熱いものが体に流れ込んでくるのがわかる。
「はい終了。」
綾さんが
「頑張ったね!よしよし。」
と言いながら、ワクチンを打ったところを撫でてくれるのだが、ちっとも嬉しくない。
嬉しくないどころか、僕は綾さんの冷徹というか事務的というかその慣れた手つきに逆に怒りのようなものを感じていた。
きっとあの衝撃的な会話からものの数分の出来事だったのだが、僕はもう完全にぐったりとしていた。
頭は混乱していたし、痛い思いを2回もしたし、ワクチンのせいもあるのかもしれない。
そんなぐったりした僕はママのいるキャリーケースに戻された。
ママが「坊や、よく頑張ったわね。えらいわよ。」と言って体を舐められて慰めてくれたのだが、僕は痛みと怒りと衝撃に耐え切れず目を閉じてそのまま眠ってしまった。
「サクラちゃん、ココアくん、ごはんよ。」
という綾さんの声に目を覚ます。
どれくらい寝ていたのだろうか、よくわからないのだが僕はキャリーケースの中で目を覚ました。ママも隣で寝ていた。
キャリーケースの中にママと僕のごはんとお水の器が置いてある。
「ここはどこ…。」
見回してみると、そこはまるで監獄のようなところだった。
向かいにある鉄格子の4列3段の檻の中に点滴を打たれたり、ぐったりした猫たちがところどころに苦しそうに収まっている。
「痛いよぉ。早く帰りたいよぉ。」
と泣いているキジトラ猫や
「ママ…。ママ…。」
と悲しそうにつぶやく三毛猫。
「キュー。キュー。」
と苦しそうな呼吸をしているシャム猫など様々な猫がいた。
見ているだけで痛々しくて、この場から早く立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
そんなこともあってなのか、それともワクチンのせいで気持ち悪いからなのか、僕は食欲が無くてごはんを一口も食べれなかった。
聞くまい、見まいとして目をつむり、ママの懐に潜って僕はとにかく寝ようとした。
そして、眠りに落ちて夢を見たのか、僕は猫神様を見た。
「お前にチャンスをやる。お前にこれから肉体と試練を授ける。猶予は1年間。お前はそこで魂を磨きまくれ。」
と猫神様に言われたところで、ハッ!と目を覚ました。
「そうだ…。僕は逃げちゃいけないんだ。魂を磨くためにこの体をもらったんだ。いつもいつも逃げて逃げて楽な方、楽な方を選んできたけど、僕は誰かのために生きなくちゃいけないんだ。」
そう思った瞬間。なんだか体の奥から底知れぬパワーが湧いてくるような気がした。
僕は寝ているママの懐から抜け出して、とりあえずみんなに声をかけてみることにした。
「ねぇ、僕ココアって言うんだけど、君は?」
すると、先ほどまで痛い痛いと泣いていたキジトラ猫が言う。
「ココア君?僕はね。チョコ。面白いね。えへへ。」
僕と同じくらいの大きさのチョコは1人でちょっと心細かったのかもしれない。
鉄格子の檻は隣が壁になっていて見えないためにお隣同士で話せないのもあるのだろう。
話し相手が出来て、ホッとした感じの顔をしている。
「どうしたの?」
と聞くと
「あのね。僕ね。足をね。怪我したの。見て。これ。」
と言って、包帯の巻いてある足を見せてくる。
「大丈夫だよ、あの白髪眼鏡すんごいから!すぐに治っちゃうよ!」
と慰める。あの先生がすんごいのかどうかは知らないけども、綾さんが『先生』と言うからにはすんごいに違いない。きっとそうだ。
しかも注射は結構痛かったけど手際がむちゃくちゃ良かったし。
「うん。早く帰りたい。でね。カシャブンでね。いっぱい遊ぶの!」
チョコはちょっと楽しそうな顔をした。
「うん!いっぱい遊べるようになるよ!だから元気出してね!」
「うん!」
チョコはちょっと嬉しそうな顔をしてからやがてスヤスヤと眠りに落ちて行った。
僕はチョコの右斜め下段にいる「ママ…。」とずっとつぶやいて泣いている三毛猫にも声をかけた。
「僕はココア。君は?」
すると三毛猫が答える。
「私はミーって言うの。ママに会いたい。ずっとお見舞いに来てくれないの。」
と今度は余計に泣いてしまう。
お見舞いと言うのだから、ママと言うのは人間の飼い主のことなのだろう。
「きっと仕事が忙しいとか、理由があるんだよ。でもね、お見舞いを待ってるんじゃなくて、早く良くなってお家に帰ろうよ!そしたらずっとママと一緒にいられるでしょ?いつまでも泣いてたら全然良くならないよ!」
と言うと、ミーちゃんは
「そうだよね。早くお家に帰りたいもん。早く良くならなきゃね!」
と言って顔をグルーミングするように涙を拭ってその手を舐めた。
「うん。その意気、その意気!僕もね、今日はじめて採血してワクチン打って、ちょっと気持ち悪いけどほら!この通り!」
とダンスを踊って見せる。
「あはははは!ココアくん、ダンス面白い!」
と笑ってくれる。笑っているミーちゃんを見ていると、何事も無かったかのような気がしてくる。
『笑顔が何よりの薬』だとこの時実感した。
こうして僕は声を掛けれるだけ声を掛け、みんなを励ました。
中には「くだらねえ。小僧。わかったような事言いやがって。」と言うような老獪な猫もいたし、全く話も出来ないような重症の猫もいたのだが、最初の時と比べてこの部屋の重々しい空気は全くと言って良いほど変わっていた。何より、みんなが早く良くなってお家に帰ろう。という明るい雰囲気に包まれていた。
そんな雰囲気に満足し、話し疲れ、踊り疲れた僕は急激な眠気に襲われた。
重くなっていく瞼を無理やりにでもこじ開けて、みんなと話し続けようとするが
「坊や。あなた、すごいわ。さすが私の坊やね。お疲れさまでした。」
といきなり後ろからママに抱き寄せられる。
「見てたの?ママ…。」
「あなたがみんなを励ますところをずっと見てたわよ。」
と顔を舐められる。舐められながら
「そうだ。そういえば僕は本当にママの子なのかな…。」
そう考えていると、僕は知らぬ間にまた眠りに落ちて行くのだった。
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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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