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第11話



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 ママと押入れの中で寝ていると、ママがビクッと体を動かしたので、それで起きた。

ママが上体を起こして耳をピクピクさせている。

僕にはまだ聞こえなかったのだが、ママには何かが聞こえているようだ。

「なに?」

「来たみたい。」

「誰が?」

「ごはんをくれる人。行きましょう。」

ママは僕を咥えると、暗い押入れから飛び降り、キャットスルーへと向かった。

キャットスルーは僕を咥えたままでは通れないので、手前で降ろしてもらい、1人ずつキャットスルーをくぐった。

 

夜の外は昼間よりもぐっと寒かった。

緑雲荘はホテルの立ち並ぶ温泉街からは少し離れた場所にあるので街灯など無いのだが、月が雪を照らしているからなのかそれとも夜行性の猫の目が思いのほかよく見えるのか、外は明るく感じる。

「坊や、寒いけどちょっと我慢してね。」

「うん。」

昼間は旅館の裏手から回ったのだが、今度は直接足湯の方へと向かう。

足湯から道路を挟んで向かい側にある駐車場に1台の自動車がエンジンをかけたまま留まっているのが見える。車のライトで足湯の方を照らしている。

ママは軒下で一旦立ち止まると、こちらを振り返り

「大丈夫よ、怖くないから。」

と言って再び足湯の方へと歩いていく。僕は緊張しながらママの後ろについて行った。

車からは1人の人影が降りてくるのが見えたが、車のライトがちょうど逆光になり、眩しくてどんな人なのかはわからなかった。

そしてその人影が後部座席のドアを開けて、バッグのようなものを取り出すと、足湯に向かって歩いてくるのがわかる。

「サクラちゃーん。」

女の人のようだ。

「こんばんはー。」

ママが答える。僕にはママの言葉は人間の話す言葉のように聞こえるが、きっと人間には「ニャーン。」としか聞こえていないはずだ。


暖かい足湯のベンチによじ登って、声の主の方を見ていると、だんだんとその姿が見えてきた。

白いダウンジャケットを着た女性がトートバッグを肩にかけてこちらに歩いてくる。僕の存在に気づいてか、途中から小走りになった。

「あれ?サクラちゃん。この子は…。」

「はい。私が産んだ子です。」

ママはこちらをちらりと見て、それから女性の方を見て、僕を紹介した。やはり「ニャーン。ニャンニャンニャーン。」くらいにしか聞こえていないだろう。

僕も一応女性に軽くあいさつした。

「ど、どうも。はじめまして。ママがお世話になっております。」

軽く会釈すると女性は僕を抱き上げて

「可愛いわねぇ!こんな子がいたなんて。もっと早く紹介してよサクラちゃん。可愛すぎて食べちゃいたい!」

と言って僕を顔に近づけていく。
 

子猫の僕にとって、人間は超巨大生物だったし、口を開けば僕の頭など一口だ。

「うおぉぉ!!食べないで!食べないで!」

焦って手足を動かそうとしたが、脇を固められて動けない。するとその女性は僕の鼻と自分の鼻をくっつけて

「よろしくね。」

と言ってから僕を足湯のベンチに降ろした。

「まぁ、猫を生で食べないよね。そうだよね。」

と納得しながらも、食べられなかった安堵と、なんかキスされたような恥ずかしさで、挙動不審にあたふたしていると、女性はトートバッグから餌やペットボトルや器を出してそそくさとママのごはんの準備を始めた。

「サクラちゃんのごはんは持ってきたけど、この子の分はさすがにないのよね…。」

と言って、タッパーを開けてスプーンで中身を餌の器に移すと、ベンチの上にゆっくりと置いた。

ママは

「ありがとうございます。大丈夫です。いただきます。」

と言ってから

「坊やにはお肉はまだ固いからお汁を舐めてね。」

と勧めてくる。ごはんは鶏肉の煮物のようだった。

ママの母乳以外で、はじめて口にするごはん。何かを噛んで食べたことがなかったので、僕は煮こごりのような、ゼリー状の汁を食べてみることにした。舌でペロっと舐めてみる。塩気は全然無いのだが、鶏肉の出汁が効いていてこれはこれでうまい!

僕は夢中で煮こごりをペロペロ舐めながら食べた。ママはとなりで鶏肉をおいしそうに食べている。

女性は今度は器にペットボトルから水を注ぐと
「はい。お水。」
と言って、ごはんの器の隣にゆっくり置いた。
そして、デニムの裾をまくって足湯に浸かりながら僕たちをにっこりと微笑みながら眺めていた。

 

先ほどまでは気が付かなかったが、遠目に見てみると、時折見せるその笑顔。特に、極端に下がる目尻や眉間のシワやえくぼに見覚えがあった。
「この人…。どこかで会った気がする。
誰だっけな…。」

そう思いつつも鶏の煮こごりを食べていると、突然思い出した!

「もしかして…。綾さん?」

綾さんは僕が中学1年の夏休みに一人で緑雲荘に遊びに来たときに出会った、泊まり込みのバイトをしていた学生さんだ。
確か家が酪農家で、綾さんは獣医を目指して勉強していた。
「大学はものすごくお金がかかるから。」と自分で学費を負担するために夏休みや冬休みはバイトをしてお金を貯めるのだと言っていた気がする。一人っ子だった僕は、たった3日間だけれども、綾さんをまるで姉のように慕っていた。翌年の春にじいちゃんが体調を崩して入院し、緑雲荘の営業を休止したためにそれ以降、綾さんに会うことは無かった。

「綾さん?綾さんだよね!」

と言ってみるが、綾さんには「ニャン?ニャンニャン!」としか聞こえていないのだろう。

「おかわり欲しいの?ごめんね。明日持ってくるから。今日はこれで我慢してね。」

と言って僕の頭を撫でた。


綾さんは当時大学2年生で、ショートカットだったのだが、今ではロングヘア―で大人の女性。という感じだ。大学は6年制と言っていたので、今は大学6年生かな。

年齢で言うと、確か僕の7個上だから、今は23歳か24歳だろうか。

僕はママより先にごはんを食べ終わると、綾さんの方に歩いていった。
「サクラちゃんの赤ちゃん。人懐っこいのね。」
と言って膝の上に載せて頭を撫でてくれる。 

そこでやっぱり綾さんだ!という確証を得た。

それは彼女の右手に大きな傷跡があったからだ。

 

4年前の夏休み、僕は大食堂で片づけをしている彼女の右手にある大きな傷跡を見て

「その傷、どうしたの?」

と聞いたとき

「これね…。」

と言って右手をさすりながら、彼女はその傷が出来た経緯を語ってくれた。

 

彼女は家の手伝いで子供の頃から牛の世話をしていた。あるとき、子牛が生まれ、その牛にヤマトという名前をつけて、人一倍、というか牛一倍可愛がっていたそうだ。
ある日、授業中に気分が悪くなって早退をすることになった綾さんは、ヤマトに会いたくて牛舎に行ってみるが、ヤマトが牛舎にも放牧場にもいない。探していると、ヤマトが無理やりトラックに乗せられているところを発見する。

綾さんは

「やめて!ヤマトを連れて行かないで!」

と言って抵抗するが、無情にもトラックが動き出す。

お父さんとお母さんが制止するが、それを振り切り、走るトラックの荷台に掴みかかるも、何メートルか引きずられてから振り落とされ、トラックは行ってしまった。

その時に顔や膝を擦り剥き、右手を切って十数針ほど縫ったらしい。
 

病院から帰った後、雄牛の運命について色々と親から聞かされたのだが、綾さんに内緒でヤマトを業者に引き渡した事に納得がいかず、何日も親と口を聞かなかった。右手の傷を見るたびに、その時のことを思い出す。そういう話だった。 

それから、動物たちの生命について疑問や興味を持ち、獣医を目指している。ということもその時に聞いた。
当時中学1年生で
「創太くんは将来何になりたいの?」
と聞かれ、
何も答えられなかった自分にとっては結構衝撃的な話だったのを覚えている。

 

こうして、僕は綾さんと突然の再開を果たした。
ママが食事を終えると、綾さんは手際よく食器を片付けた。

「明日はこの子にも離乳食持ってこなきゃね。じゃあサクラちゃん、赤ちゃん。また明日ね!」

と言って綾さんは車に戻り、駐車場からゆっくりと車を出して帰って行った。



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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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