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<<第11話>>


 布団に横になってママに温めてもらいながら、僕は混乱した頭を一旦整理することにした。

僕は猫に生まれ変わった。白黒模様の猫に。僕を生んだのはじいちゃんとばあちゃんが飼っていた捨て猫のサクラで、生まれたのはじいちゃんとばあちゃんの家でもある、北海道登別温泉の緑雲荘。そしてここは恐らくじいちゃんとばあちゃんの寝室だ。
 

緑雲荘はじいちゃんが亡くなってから廃業したのだが、ばあちゃんが亡くなってから、母ちゃんの兄である札幌の叔父さんが相続した。蛇口の水を出したりしているのは、叔父さんか誰かがメンテナンスしているのだろう。

また、この緑雲荘は、温泉を配管で壁や床に張り巡らせるせることによって暖房しているので、北海道の真冬でありながらも館内は温かい。きっと、温泉暖房も凍結しないように循環させているのだろう。僕には少し寒く感じるのだが、それは子猫だからなのだろうか。


しかし色々考えていると、ひとつだけひっかかることがあった。

ママが言っていたことだ。

おじいさんは2回前の冬に亡くなって、おばあさんは夏に倒れて運ばれてから帰ってこない。ということだ。

じいちゃんは3年前に亡くなっているし、ばあちゃんはじいちゃんの翌年に搬送先の病院で息を引き取った。
つまりばあちゃんはおととしの夏に亡くなっているはずだ。

すると、ママが言っていることはちょうど1年前のことになる計算だ。


そこで僕は猫神様の言葉を思い出した。

たしか猫神様は、「お前にこれから肉体と試練を授ける。猶予は1年間。」と言っていた。
もしかして、僕はあの事故から1年前に猫として生まれ変わったのか?それなら説明がつくのだが、そうすると、人間の創太と猫の僕が2人、というか1人と1匹だけど同時にこの世に存在するということになる。

魂は一つしかないのにそんなことはあるのだろうか。

まぁそもそも僕が猫に生まれ変わってる時点でもう何があっても驚かないのだけれど。

 

今が何年何月何日なのか。それが気がかりでしょうがなかったが、それを確かめるすべは今のところ無かった。

電気は止まっているようだし、新聞も来ない。この部屋や玄関、ダイニングキッチンにある時計はまちまちの時間を指し示して止まったままだ。

それに北海道の冬は厳しいのでこの体で外に出ることは難しいし、やはり今、僕にできることはとにかく生きて、1日でも早く大きくなることしかない。

こうして僕は、何日か、何週間かわからないけどもママと鬼ごっこをしてたっぷり運動をし、母乳を飲みまくり、そしてとにかく眠った。

子猫ということもあってなのか睡魔の襲撃が半端ない。

母乳を飲んではすぐに眠くなってほぼ1日中寝ていた。
寝る子は育つとは猫にも言えるようで、
姿見でちょくちょくチェックしていたのだが、僕の体は目に見えてどんどん大きくなっていった。

視覚、聴覚、臭覚なども敏感になってきたし、手足も思うように動かせるようになった。

そして歯も生えそろってきた。

ママからグルーミングを教わり、体がかゆくなると、自分でグルーミングもできるようになった。伸びっぱなしで、布団に引っかかってしょうがなかった爪の研ぎ方も教わった。


そんな折、ママが言った

「坊やもそろそろお外に出てみる?」

そして僕はママと二人でようやく外に出ることになる。

ママに咥えられて階段を下り、ダイニングキッチンを横切り、勝手口のキャットスルーの前に着くと、ママが下ろしてくれた。

「お外はちょっと寒いから、少しだけよ。」

と言って、ママはキャットスルーをくぐった。僕も真似して後に続く。

キャットスルーの扉は、上部にバネと蝶番が付いていて、開けても勝手に戻る仕組みになっているのだが、子猫の僕でも簡単に開いた。
 

キャットスルーをくぐると、そこには白い世界が広がっていた。

20センチくらいだろうか、雪が積もっていて、外はとても寒い。

「坊やこっちよ。」

ママの後ろにくっついて行く。

軒下の、地面よりも1段高くなったコンクリートの部分にはちょうど雪がほとんどなく、通路のようになっていた。
そのコンクリートの段の周りを囲むように、温泉の排水が流れる側溝があるので、側溝から内側には雪が積もらないようになっている。
温泉がこの旅館を雪から守っているようだ。

勝手口から旅館の裏手を回ってずっと行くと大浴場と竹の塀で囲った露天風呂がある。
露天風呂の方からは少しだけ湯気が立っているのが見えた。

その横には、物置なのか、温泉用の設備なのかわからないのだが、ちょっとした木造の小屋があった。
側溝のコンクリートの蓋の上を伝って、小屋まで行くと、その裏側の屋根の下でママは立ち止まった。

「ここがおトイレよ。坊やもそろそろ1人で出来るかしら。」

そう、僕はこの時まで、ママの介助でトイレをしていたのだ。

「うん。やってみる。」

これが人間のときならめちゃくちゃ恥ずかしいのだろうけど、猫になった僕には人間のときのようにブラブラした目立つモノがついているわけではないので、恥ずかしくはなかった。

冷たい土に腰を下ろしてしばらくいきんでいると、チョロっとだけ大も小も出た。
「で、出たーっ!」
オバケが出たかのようなリアクションで自力でトイレが出来たことに喜んでいると

「終わったら上に土をかけてなるべく臭いがしないようにしてね。犬や熊が来るから。」
とたしなめられる。

「え!熊…?な、なんですとー!」

猫がトイレをしたら砂をかけるのは見たことがあるが、これは外敵に存在を知らせないためらしい。
こんな小ささで犬や熊なんかに襲われたらひとたまりもない。あ、でも熊は冬眠してるんじゃ…。でも犬も熊も怖かった僕はこれでもか!というくらい念入りに土をかけた。


トイレを学んだ後、側溝の上を歩いて露天風呂を回り込んで、今度は旅館の正面側の軒下を歩いた。
正面側には塀の代わりに背の高い生垣が続いていた。 

そして玄関の前にたどり着いた。なつかしい風景だ。

玄関の先、つまりちょうどダイニングキッチンの前にはちょっとした庭があり、そこに大きな桜の木があった。

「ママはね、この木の下に捨てられていたの。」

「そうなんだ…。」

「それでサクラという名前をおじいさんとおばあさんが付けてくれたのよ。その時のことはほとんど覚えていないのだけれど、桜の花びらが雪のように舞っていたことだけは覚えてる。」

僕はママが段ボール箱に入れられて、親を求めて、助けを求めて必死に泣き叫んでいる様子、桜の花びらが散る様子、それを見つけて駆け寄るじいちゃんとばあちゃんの様子を思い浮かべていた。


桜の木の先には道路に面して、小さな足湯があった。

屋根があって、その下に4人ほどが足湯をしながら座れる背の低い木製のベンチがある。
桜の季節はここで桜を眺めながら足湯が出来るという絶好のお花見スポットだ。 

「どうぞご自由にご利用ください。」

という立て看板が立っている。

足湯には今でもお湯がたっぷりと入っていて、湯気がもうもうと立ち上っていた。

足湯の周りはやはり暖かいのか雪がほとんど無かった。

「こっちへおいで。」

ママについて足湯の方へ行く。

「ここにね、毎朝、毎晩ごはんとお水をくれる人が来るの。」

毎回片づけているのだろうか。そこに餌用や水の器はなかった。

「坊やも歯が生えてきたから、そろそろごはんを食べないとね。ごはんをもらえるといいのだけれど。」


そうか。いつまでも母乳を飲んでるわけにもいかないんだな。
それに、おっぱいを吸っていると、今や生えそろった歯が当たってしまうのか、ママがたまにびくっとして痛がるような時がある。母乳は本当においしいしすごく名残り惜しいのだけど、そろそろ乳離れをしないといけないのかもしれない。

「今日の夜にごあいさつしてみましょうか。」

「うん。」
こうして旅館の外周を一周した
僕たちは、勝手口に戻り、キャットスルーから部屋へと戻った。

そしてこの日の夜。僕は生まれて初めて、というか猫に生まれ変わって初めて人間と出会うことになる。



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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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