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目が覚めたとき、ママはいなかった。

「ママ?」

どこに行ったのだろう。

布団にはまだママの体温が残っていたので、つい今さっきまで隣にいたであろうことがわかる。

「寒い…。」

全身毛に覆われてはいるものの、電気毛布のようなママの体が隣にないと、めちゃくちゃ寒い。よく冬に動物たちが体を寄せ合って寒さを凌ぐシーンをテレビなどで見ることがあるが、その意味が身に染みてわかった。彼らは本能的に寄り添い、温め合っているのだ。

兄弟のいない僕にとって、温め合う仲間がいないというのは致命的なことかもしれない。

「ママ…。どこに行ったのかなぁ。」

光の差し込む隙間の方へ不自由ながらも歩いて行こうとすると、ママがジャンプで飛び込んで来た。

「うおおおおおお!」

一瞬の出来事にびっくりする。

「坊や起きたの?ごめんね、寒かったよね。」

 

ママはいつもの場所に横になる。

良かった。この体では一人では何もできないんだという自覚があったので、正直どうしたら良いのかものすごく不安だったのだ。

「さぁ、おっぱいを飲んで。温めてあげるから。」

おっぱいを飲んでいると、体の中からほんわか暖かくなってくる。

飲み終わると、また暖かい懐に抱き寄せられる。

「ごめんね、寒かったわね。」

「ママ、どこに行ってたの?」

「ごはんを食べて、ちょっとおトイレね。」

「ごはん?」

そうだ、僕はママから母乳をもらっていたが、ママは何を食べていたのだろう。

「そうよ。朝と夜に一度ずつ、ごはんをくれる人がいるの。」

「ごはんをくれる人?」

「そう。人。人間っていう、私たちよりずっと大きくて、頭の良い動物よ。ここも人間の巣なのだけれど、今はもう誰もいないの。」

実は僕もその人間だったんだよ。と言うか悩んだが、ママを驚かせてしまうし、信じてもらえないかもしれない。それに今は言うときではないかもしれないと思ってやめた。
 

「昔はね、人間のやさしいおじいさんとおばあさんが住んでいて、ママと一緒に暮らしていたのよ。けれど、おじいさんが2回前の冬に亡くなって、おばあさんだけになったの。おばあさんは病気だったのだけれど、夏に倒れて、運ばれて、それ以来帰ってこないの。もう天国に行ってしまったのかもしれない。」

ママは寂しそうな顔をして独り言のように言った。涙を流すわけでは無かったが、その目は涙でうるんでいるのがわかる。

「ママ…。」

ママの顔を慰めるように舐める。

「優しい子ね。」

ママに舐め返され、きつく抱きしめられる。

ママの愛情を感じながら、同時に僕は母ちゃんのことを思い出していた。

二人で泣きながら、僕たちはいつの間にか眠っていた。

 

次に目が覚めたときは、昼時なのだろうか。いつもよりも明るく、暖かかった。

僕は寝ているママの懐から抜け出すと、押入れの隙間までたどたどしい足取りで歩いて行った。

隙間から室内を見ると、畳と古びた2棹の箪笥だけの和室がそこにあった。

カーテンは閉まり切っていなかったので、そこから外の光が差し込んでくる。
 

和室は6畳くらいの部屋だと思うが僕には体育館くらいの広さに感じる。そして今立っている押入れの2段目から床までの高さは10メートルくらいある感覚だ。

「やっぱここから落ちたら死ぬかもな…。」

と思っていると

「坊や、起きたの?ちょっとだけお外に行ってみましょうか。」

と背後からママの声が聞こえた。

と同時に後ろから首根っこをママに咥えられて釣り上げられた。
なぜか全く痛みがないのだが、そこを咥えられると力が抜けて動けなくなる。


「あ、あれ…。動けない…。」
と思ったのもつかの間、視界が押入れの2段目から一気に10メートル下の畳へ。

「うわあああああああああ!!」

まさにバンジージャンプ。床スレスレのところで、視界が止まると、やさしく降ろされる。
心の準備もなくいきなり落下したのでちびりそうだった。
 

畳の床は、手のひら足のひら、というか肉球というのが敏感なのか、ひんやりとしていた。
床からの眺めはまた違って、先ほど見ていた箪笥はまるでちょっとしたビルのようだ。

「俺すげー小っちゃくなっちゃったな…。」

そう思いながらも部屋の中を歩いてみる。
すると、今まで暗くてわからなかったのだが、箪笥の向かいに少し埃をかぶった姿見があった。

自分の姿を確かめてみたくて、僕は姿見の前まで歩いていく。

そして僕はとっても小さな小動物に生まれ変わった自分を再確認した。

 

体は全体的に黒くて、手先、足先、しっぽの先、喉からお腹が白。そして僕の顔は耳や目の周りは黒いのだが、おでこのあたりから頬っぺた、あごの下にかけて三角形というかハの字型に白くなっている。ちょうど、色白の人間が髪を真ん中分けしているかのような模様だ。昔こういう顔のキャラクターが書いてある風船ガムを良く買って食べていたのでそれをちょっと思い出していた。

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「しっかし、こうしてみると、自分で言うのもなんだけど、子猫ってのもけっこう可愛いなぁ。」

僕が姿見の前で、360°回転したり、色んなポーズをしてみたり、自分のお尻の穴を見てみたりしているとママが後ろから声をかけてきた。

「坊や、あなたとってもキュートよ。」

なんかこれ、洋服屋さんの試着室みたいだな。
 

「さぁ、じゃぁほかのところにも行ってみるかしら?」

と再びママに首根っこを咥えられてこの後、人間の巣を探検することになるのだが、そこで僕は驚くべき真実を知ることになる。



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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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