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うっすらと瞼が開く。

まだ若干霞んでいるものの、ようやく視界が開けた。

「お目目が開いたかしら、坊や。見える?私がママよ。」

なんどか瞬きしていると、瞼を舐められる。

すると、さきほどよりも瞼が開き、鮮明に見えるようになってくる。

 

そこには大きな猫がいた。

「ママ…。」

思わず口に出してしまった。

そうか…。僕は猫に生まれ変わったんだ…。

目の前にいたのは、茶色と黒のトラ模様に白い部分が混ざった猫だった。後で知ることになるのだが、この模様はキジ白と言うらしい。グリーンの瞳が宝石のようにキラキラしていて、優しくて、とても愛情に満ちている。

「そうよ。私があなたのママよ。」

と言って顔を舐めてくるので目を閉じてされるがままにしていた。

 

そのとき、僕は同時に人間として生まれてきた時のことを想像していた。母ちゃんが命を賭して帝王切開し、未熟児として産まれ、保育器に入れられていた僕の目がようやく開いたときの母ちゃんと親父、二人の笑顔が目に浮かんだ。二人とも「ママよ!」「パパだよ!」と言って手を振っている。二人もこうして僕を祝福してくれたのだろうか?

「私のかわいい坊や。」

と言って、抱きしめられ、体をやさしく舐められる。

「産んでくれてありがとう。ママ…。」
そして産んでくれてありがとう。母ちゃん。 

その暖かく、優しく、愛に満ちた眼差しをしばらく眺めていた。

「私の坊や。」

今までの恐怖や不安は何だったのだろう。

ママがいれば自分が猫であってもかまわない。そう思えた。

「ママ。」

僕はなんだか嬉しくて、ママのあたたかい懐に飛び込んだ。

この幸せな空気に包まれていたくて、せっかく目が開いたにも関わらず、僕は再び目を閉じて幸せを噛みしめながら、ママの胸の中で眠った。

 

夢を見た。人間の時の夢だ。赤ちゃんの僕は、母ちゃんのことをママと呼んで、胸元に抱きついて甘えている。やがて僕は大きくなり、周りの人間に影響されはじめる。小学校のときに、友達の家に遊びに行くと、友達がママではなく「お母さん」と呼んでいるのを見て感化され、ママはいつしか「お母さん」になる。中学2年くらいのちょっとした反抗期に、お母さんは今度「母ちゃん」になっていた。時には「ババア」と呼んだことも。それでも母ちゃんは赤ちゃんの時からずっと変わらずに僕のことを「創ちゃん」と呼んでいた。

 

多分泣いていたのだろう。

「どうしたの?坊や、怖い夢でも見たの?」

と言って、ママが心配そうに顔を舐めて

「大丈夫よ。ママがいるから。」

と抱きしめてくれる。

「うん。ありがとう。ママ。」

と感謝するも、母ちゃんのことが心配だった。

母ちゃんにもこうして抱きしめられたい。そう思った。母ちゃんは今頃どうしているのだろうか…。

親父を亡くし、女手一つで僕を育ててくれた母ちゃん。母ちゃんに会いたい。しかし今の僕は猫。ろくに歩くこともままならない、産まれたばかりの子猫だ。


そうだ。早く大きくなってママと一緒に家に帰ろう。うちは魚屋だし、猫嫌いな家系だけど、きっといつか家族として迎えてくれるときが来る。そして3人?って言うか2匹と一人?で仲良く暮らそう。そう決心した。
 

しかしその前にできるだけの事をしておきたい。家に帰るための作戦を立てておこう。作戦の重要性をヤマジョとのカラオケで身をもって学んだ僕は、現在の戦況について把握してみることにした。

 

まず僕は今どのような状況なのか。

自分の体を見てみる。普段見る野良猫とは違い、相当幼い感じだ。ママと比べてみても手足は小さく、細く、短く、まだまだ猫の風格すらない。それとちょっと驚いたのは、僕はママと同じ、キジ白模様と思っていたのだが、その想像が全く違っていたことだ。

体は真っ黒く、手先と足先、お腹、そしてしっぽの先が白い。鏡が無いので、自分の顔は見れなかったのだが、そんな模様だった。

「ママと同じじゃないんだ…。」

てっきりママと同じ模様なのだと思い込んでいたので、それにはびっくりした。

「猫って模様は遺伝はしないのかなぁ…。」

それと、目が開かない時からすでに感じていたのだが、改めて確認したのは、猫や犬と言うのは4、5匹子供を産むような子だくさんなイメージだったのだが、子猫は僕一人しかいないということだった。

「やっぱ兄弟はいないのね…。」

一人っ子の僕は、兄弟に憧れのようなものがあったのだが、猫になってもやっぱり一人っ子だった。

 

そして今ここがどこなのか?

薄暗いがこの匂い、この布の感触…。どうやら布団の上だった。そして少し先に隙間が見えた。そこからかすかに光が差している。

「ここは…。もしかして押入れか何かか?」

その予想は当たっていた。ママが寝ている間に、暖かい懐を抜け出して、まだあまり力が入らず自由の利かない四肢でその隙間まで歩いて行って外を覗いてみると、ここが押入れの2段目ということがわかった。その先には照明の点いていない、薄暗いがらんとした和室があった。

つまり僕とママがいるのは、和室の押入れ2段目の布団の上。ということだ。

 

しかし生まれて何日経ったのか自分でもわからないのだが、今までママ以外には、他の生き物の気配どころか人間の気配は全く無かった。

「ここはもう人の住んでいない廃墟か何かなのかなぁ…。」

しかし、それ以上はもうわからなかった。

なにせ産まれたての子猫の僕にとって押入れの2段目と言うのは相当な高さがあったからだ。その高さは校舎の屋上から地面よりも全然高い感じがしたので、床までジャンプして散策してみる。というのはまさに自殺行為。いくら猫とはいえ、この高さから落ちたら痛いだろうな…。

 

結局、これ以上僕が自力で出来ることはなかった。

明日もっと明るくなったらママに直接聞いてみるか、下におろしてもらおう。そう決めると、僕はママのあたたかい懐に潜り込んで眠った。



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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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