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体から暖かい布団が引きはがされるような感覚がある。

「あー。やっぱり夢だったか。夢で良かった…。」

そろそろ母ちゃんに叱られて、頬っぺたにあのキンキンに冷えた手を当てられるんだなぁ。と思って母ちゃんの言葉を待つが、一向にいつもの威勢の良い声が聞こえてこないし、冷たい手も当てられない。

「え?あれ?」

いつもと違うな。ちょっと拍子抜けしながらも目を開けようとするが、目が開かない!

「え?え?」

一生懸命目を開けようとするが瞼がくっついて全然開かない!

「あれ?ちょっ。おかしいな。」

指で瞼をこじ開けようと手を動かそうとするが、手が思うように動かない。しかもなんだか体がヌルヌルする。

そう思った矢先、体をザラザラした暖かいたわしでゴシゴシ擦られる。全身くまなく。味わったことのない感触で最初は痛いような、くすぐったいような感じだったのだが、だんだんそれが気持ちよくなってくる。

「え?母ちゃん?何やってんの?」

声に出そうとするも、今度はうまくしゃべれない。

 

「生まれてきてくれてありがとう。私の坊や。」

エコーのかかったような、ボワンボワンとした感じで聞き取りづらいのだが、女性の声が聞こえる。

生まれて…?って言った?でも母ちゃんの声じゃないよな。と思っていると

「さぁ、こっちへいらっしゃい。」

と暖かい毛布にズルズルと引き寄せられた。

それは電気毛布のように暖かくて大きくて、そしてフワフワ、モフモフしていた。しかも!動いていた。さらに!鼓動まで聞こえる。

それに引き寄せた手は明らかに人間のものではなかったような…。
 

そうすると、この暖かいたわしみたいのは…。もしかして…舌。ですかね…。

 

少しずつ状況を理解してきていた。

あー。なるほどなるほど。さっきのは夢じゃなかったわけね…。そして僕は人間ではなく、何か他の動物に生まれ変わっちゃった。というわけですか…。

しかし一体何に!

と焦っていると、急激な眠気に襲われて、僕は知らぬ間に眠りに落ちて行った。

 

次に起きたのはどれくらい後だかわからない。

それに起きたと言っても目は一向に開かなかったので、何も見えなかったのだが、とにかくお腹が空いたし、めちゃくちゃ喉が渇いていた。何か飲まないと死んじゃう。と体を動かそうとすると、先ほどの声が聞こえる。

「坊や、起きたの?そろそろ飲めるかしら。おっぱい。」

「な、なんですとー!おっぱい?光一ほどじゃないけど大好物です!」

と声にならない声が出てしまったが、そこでふと我に返る。

「人間のおっぱいなら大好物なんですけどね…。」

しかし喉が渇いて死にそうだし、何の動物だかわからないけどこの際飲むしかないな。と決意した僕は、おっぱいを飲むべく乳首を探すことにしたのだが、その場所は以外とすぐにわかった。

動物に生まれ変わって臭覚が敏感になったからなのか、鼻が「ここですよー。乳首。」と教えてくれたのだ。

 

思うように動かない体をなんとか動かして、甘い香りのする乳首までたどり着いた僕は、イメージしていたよりも大きなそれを口に含み、意を決して一口吸ってみた。

「ん…。んん?何コレ!超うまい!」

暖かくて、ほんのり甘くて、給食の牛乳をもっと濃くしたような味だ。

しかも体中に染みわたってなんだかパワーが湧いてくる気がする。

「おててで交互に胸を揉んでみなさい。」

そう言われ、人間の時より確実に短くなったであろう手で毛布みたいなやわらかい胸を交互に揉んでみると、母乳があふれ出してくる。

僕はもう無我夢中で飲んでいた。

そしてコップ一杯も飲んだだろうか。喉の渇きは癒され、お腹はすぐにいっぱいになった。

「おいしかった?坊や。」

また全身を大きなたわしのような舌で舐められて、電気毛布のようなあったかい懐に抱き寄せられる。

なんだかとっても幸せな気分だ。体温を感じながら鼓動を聞いていると、「生きてる」という実感が湧いてくる。

そう思っていると意に反してまたすぐに眠気がやってくる。

 

何度か母乳を飲む、寝る。飲む、寝る。を繰り返した後、僕のお腹はもうパンパンになっていた。そしてカラオケ屋以来、襲い来る久々の尿意。

「やべ!トイレ行きてぇ…。も、漏れる…。もうダメ…。」

僕の膀胱は限界を突破した。しかし、おしっこは漏れなかった。逆に漏れないことによって、お腹がだんだん痛くなってくる。そのとき

「そろそろおしっこかしらね。」

と声が聞こえたかと思うと、暖かい舌が股間を舐めてくる。すると、それが刺激というか引き金となって僕はおしっこを漏らした。この歳にして失禁。しかしそれはすごく気持ちよかった。

なるほど。今僕は自力でトイレすらできないのか…。

 

僕は一体何に生まれ変わったのか、ここはどこなのか、現状把握に努めたいところだったが、目は開かないし、声は出るもののうまくしゃべれない。耳もまだボワンボワンしていて正確には聞き取れない。トイレも自力でできない。

馬や牛や鹿ならば生まれてしばらくするとブルブル振るえながら立ち上がって歩いたりするのはテレビで見たことはあるけれど、状況的にどうやらそのたぐいではなさそうだ。色々想像してみたが、今考えたところで結論が変わるわけではなさそうだし、僕は考えるのを一旦放棄して、とにかく生きること、早く大きくなることに集中しようと決めた。

 

飲む、失禁する、寝る。飲む、失禁する、寝る。をさらに何度も何度も繰り返した。最初のうちは数えていたのだけれど、そりゃあもう数え切れなくなるくらいにとにかく繰り返した。

そして何日か経っただろうか。僕の目がついに開いた。




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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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