<<これまでのお話>>

はじめに



<<第1話>>


吾輩は猫になっちゃった。名前は人間のときの名前が創太(そうた)。猫のときのは色々あって、ココア、おにぎり、ハチ、あ、そうそう、キングマン2号ってすごいのもありました。うーんと…あと、なんだっけな。とにかく色々。どこで生まれたのかは明確に覚えていて、人間のときは東京都大田区だったんですけどね、猫のときは…って、この話長くなりますけど聞いてもらえますか?

 

 

ジリリリリリリリリリリリリリリ!

「うるせえなぁ。何度も何度も。もうちょい寝させろよ。」

と言って、目覚まし時計のボタンを叩くように押す。

朝からこのけたたましい音を正確に5分おきに7度ほど聞き、目覚まし時計に都度文句を言いつつも結局7度寝をかまして、最後の最後に母ちゃんに布団を引きはがされて起きるというのが僕の日課だ。

シャーッ!とカーテンを開ける音がする。そろそろだ。

「創ちゃん!早く起きなさい!遅刻するわよ!」

ほらね。

魚屋ならではの威勢のいい声とともに、布団が勢いよくガバッと引きはがされる。

「さむっ!」

母ちゃんは白衣に三角巾に魚のにおいのプンプンするゴムの前掛けといういで立ちで布団を持って仁王立ちしている。

僕がまるで胎児のようなポーズでうずくまっていると

「寒いと思うから寒いのよ!私なんかこの冬でも氷触ってるんだから!さ、早く準備しないさいよ!」

と言って僕の頬っぺたにキンキンに冷えた手のひらをくっつけてくる。

「冷たっ!わかったよ、わかったから!」

こんな毎日が始まって、母ちゃんにおはようすら言わなくなったのはいつの頃からだろう。

未だ体温の残るあったかい布団を持ってもう一度ベッドに戻りたいところだが、母ちゃんは結構ギリギリのタイミングで起こしに来るのでこれ以上は寝てられない。


「うー寒いっ!」

急いで電気ストーブのスイッチを入れ、今では少し小さくなってきた部屋着兼寝間着の中学の体育ジャージを脱ぐ。そしてストーブの前から下半身が動かないようにして、冷えた靴下とTシャツとYシャツを手を伸ばして取り上げ、一旦ストーブであぶるように温めてから順に着てゆく。極力ストーブから半径1メートルの範囲を出ないようにして着替えをすませるのだ。


ブレザーを羽織り、ネクタイを締めながら階段を降りると、居間に朝食が置いてある。

台所の炊飯器からどんぶりにごはんをよそって、誰もいないダイニングテーブルの席につく。

母ちゃんは食事の用意を済ませたら魚屋うおしんの開店準備に忙しい。

今や女手1人で店を切り盛りしているからだ。

 

テレビのリモコンをオンにして、ニュースをチェックしながら朝食をとる。

ニュースと言っても、ほとんど時刻と天気と番組最後の占いくらいしか見てないんだけれど。

白いごはんにちょっとぬるくなった我が家定番のわかめとジャガイモの味噌汁をかけて、昨日の夕飯の残りのイワシのハンバーグをのせ、最後に海苔をちぎって散らして猫まんまにする。昔はよく親父や母ちゃんに行儀が悪いと怒られたものだが、1人の食卓では咎める者は誰もいない。それにこれがとても旨いし、早くごはんが済む。僕のソウルフードであり、ファーストフードだ。

 

玉子焼きを一つ頬張りながら、食器を流しに片づける。洗面所に行って歯ブラシに歯磨き粉を付けたらテレビの前で歯磨きをしながら天気と星座占いを見る。今日の予報は夜から雪。僕の星座は見事に最下位だった。ラッキーアイテムは白い猫のぬいぐるみ。ってさぁ、持ってないんですけど。

8時ちょうど。ニュースが終わって、朝のワイドショーがはじまり、ヅラで有名なキャスターが「おはようございまーす!」とちょっと朝から癪に障る甲高い声であいさつしたらそれが遅刻ギリギリのサイン。


寝グセを直しながら洗面台で口をゆすいでいると

「創ちゃん!今日は夕方から雪が降るって言ってたし、危ないから早く帰ってきなさいよ!」

店先から、近所に聞こえるだろ。ってくらい大きな声で母ちゃんが言う。

「うーん。」

口をゆすいでいるので、上手く返事ができない。

「聞いてるの?創ちゃん!」

「わかったよ!」

これ以上デカい声を出されると近所迷惑、というよりも創ちゃんと呼ばれるのが恥ずかしいのでそれなりに大きい声で返事をする。


テレビを切って、仏壇のリンをチーンと鳴らして手早く親父に手を合わせて「行ってきます。」と言ったら急いで玄関に置きっぱなしのカバンを持って靴を履き、玄関脇に立てかけてある自転車にまたがる。ポケットから手袋を取り出し、口を使って片方ずつ嵌めながら自転車を漕ぎ始める。

冬の冷たい空気が鼻に刺さる。

白い息を吐き出しながら、学校へ向けて河川敷沿いの道を走る。

学校までは自転車で25分。今までの最高記録は23分だ。

今日は飛ばしてもギリギリだ。

 

ちょうど家と学校の中間くらいにある住宅街の急な長い下り坂を猛スピードで下っていくと、左手にある古い民家の垣根から白い猫が飛び出してきた。

「あぶねっ!」

渾身の力でブレーキを握りしめる。

ギギギギギギギー!

と言う音とともに前後輪がロックする。次の瞬間には後輪が浮き始めていた。その状態から僕は見事に前方に一回転してアスファルトにたたきつけられた。

「いってぇ!」

お尻を強打してもんどり打っていると、どうやら全く無事だった白猫が顔の近くに寄ってきてた。

「お前がスピード出すからだよ。危ないよまったく。気を付けろよ坊主。」

とでも言うような顔で、僕の顔をじろじろ見下ろしてから通り向かいの神社へと歩き去って行った。

「なんだよあの猫!お前が飛び出してくるから。」

ちょっとイラつきながらも立ち上がり、体についた埃を払い、後輪がカラカラ回っている自転車を立て直す。幸い自転車はどうもないようだ。


まったくアンラッキーな朝だよ。今日の占いは当たってるな。と思いつつも、

「今日のラッキーアイテムは白い猫のぬいぐるみ」

って言うのはめちゃくちゃ皮肉だな。ぬいぐるみじゃないからか。フフフフフ。なんて考えてたらやばい!遅刻する!



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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
http://ncode.syosetu.com/n2762de/
吾輩は猫タイトル画像