ぬこモフ

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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第12話

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はじめに


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第11話



<<第12話>>


 ママと押入れの中で寝ていると、ママがビクッと体を動かしたので、それで起きた。

ママが上体を起こして耳をピクピクさせている。

僕にはまだ聞こえなかったのだが、ママには何かが聞こえているようだ。

「なに?」

「来たみたい。」

「誰が?」

「ごはんをくれる人。行きましょう。」

ママは僕を咥えると、暗い押入れから飛び降り、キャットスルーへと向かった。

キャットスルーは僕を咥えたままでは通れないので、手前で降ろしてもらい、1人ずつキャットスルーをくぐった。

 

夜の外は昼間よりもぐっと寒かった。

緑雲荘はホテルの立ち並ぶ温泉街からは少し離れた場所にあるので街灯など無いのだが、月が雪を照らしているからなのかそれとも夜行性の猫の目が思いのほかよく見えるのか、外は明るく感じる。

「坊や、寒いけどちょっと我慢してね。」

「うん。」

昼間は旅館の裏手から回ったのだが、今度は直接足湯の方へと向かう。

足湯から道路を挟んで向かい側にある駐車場に1台の自動車がエンジンをかけたまま留まっているのが見える。車のライトで足湯の方を照らしている。

ママは軒下で一旦立ち止まると、こちらを振り返り

「大丈夫よ、怖くないから。」

と言って再び足湯の方へと歩いていく。僕は緊張しながらママの後ろについて行った。

車からは1人の人影が降りてくるのが見えたが、車のライトがちょうど逆光になり、眩しくてどんな人なのかはわからなかった。

そしてその人影が後部座席のドアを開けて、バッグのようなものを取り出すと、足湯に向かって歩いてくるのがわかる。

「サクラちゃーん。」

女の人のようだ。

「こんばんはー。」

ママが答える。僕にはママの言葉は人間の話す言葉のように聞こえるが、きっと人間には「ニャーン。」としか聞こえていないはずだ。


暖かい足湯のベンチによじ登って、声の主の方を見ていると、だんだんとその姿が見えてきた。

白いダウンジャケットを着た女性がトートバッグを肩にかけてこちらに歩いてくる。僕の存在に気づいてか、途中から小走りになった。

「あれ?サクラちゃん。この子は…。」

「はい。私が産んだ子です。」

ママはこちらをちらりと見て、それから女性の方を見て、僕を紹介した。やはり「ニャーン。ニャンニャンニャーン。」くらいにしか聞こえていないだろう。

僕も一応女性に軽くあいさつした。

「ど、どうも。はじめまして。ママがお世話になっております。」

軽く会釈すると女性は僕を抱き上げて

「可愛いわねぇ!こんな子がいたなんて。もっと早く紹介してよサクラちゃん。可愛すぎて食べちゃいたい!」

と言って僕を顔に近づけていく。
 

子猫の僕にとって、人間は超巨大生物だったし、口を開けば僕の頭など一口だ。

「うおぉぉ!!食べないで!食べないで!」

焦って手足を動かそうとしたが、脇を固められて動けない。するとその女性は僕の鼻と自分の鼻をくっつけて

「よろしくね。」

と言ってから僕を足湯のベンチに降ろした。

「まぁ、猫を生で食べないよね。そうだよね。」

と納得しながらも、食べられなかった安堵と、なんかキスされたような恥ずかしさで、挙動不審にあたふたしていると、女性はトートバッグから餌やペットボトルや器を出してそそくさとママのごはんの準備を始めた。

「サクラちゃんのごはんは持ってきたけど、この子の分はさすがにないのよね…。」

と言って、タッパーを開けてスプーンで中身を餌の器に移すと、ベンチの上にゆっくりと置いた。

ママは

「ありがとうございます。大丈夫です。いただきます。」

と言ってから

「坊やにはお肉はまだ固いからお汁を舐めてね。」

と勧めてくる。ごはんは鶏肉の煮物のようだった。

ママの母乳以外で、はじめて口にするごはん。何かを噛んで食べたことがなかったので、僕は煮こごりのような、ゼリー状の汁を食べてみることにした。舌でペロっと舐めてみる。塩気は全然無いのだが、鶏肉の出汁が効いていてこれはこれでうまい!

僕は夢中で煮こごりをペロペロ舐めながら食べた。ママはとなりで鶏肉をおいしそうに食べている。

女性は今度は器にペットボトルから水を注ぐと
「はい。お水。」
と言って、ごはんの器の隣にゆっくり置いた。
そして、デニムの裾をまくって足湯に浸かりながら僕たちをにっこりと微笑みながら眺めていた。

 

先ほどまでは気が付かなかったが、遠目に見てみると、時折見せるその笑顔。特に、極端に下がる目尻や眉間のシワやえくぼに見覚えがあった。
「この人…。どこかで会った気がする。
誰だっけな…。」

そう思いつつも鶏の煮こごりを食べていると、突然思い出した!

「もしかして…。綾さん?」

綾さんは僕が中学1年の夏休みに一人で緑雲荘に遊びに来たときに出会った、泊まり込みのバイトをしていた学生さんだ。
確か家が酪農家で、綾さんは獣医を目指して勉強していた。
「大学はものすごくお金がかかるから。」と自分で学費を負担するために夏休みや冬休みはバイトをしてお金を貯めるのだと言っていた気がする。一人っ子だった僕は、たった3日間だけれども、綾さんをまるで姉のように慕っていた。翌年の春にじいちゃんが体調を崩して入院し、緑雲荘の営業を休止したためにそれ以降、綾さんに会うことは無かった。

「綾さん?綾さんだよね!」

と言ってみるが、綾さんには「ニャン?ニャンニャン!」としか聞こえていないのだろう。

「おかわり欲しいの?ごめんね。明日持ってくるから。今日はこれで我慢してね。」

と言って僕の頭を撫でた。


綾さんは当時大学2年生で、ショートカットだったのだが、今ではロングヘア―で大人の女性。という感じだ。大学は6年制と言っていたので、今は大学6年生かな。

年齢で言うと、確か僕の7個上だから、今は23歳か24歳だろうか。

僕はママより先にごはんを食べ終わると、綾さんの方に歩いていった。
「サクラちゃんの赤ちゃん。人懐っこいのね。」
と言って膝の上に載せて頭を撫でてくれる。 

そこでやっぱり綾さんだ!という確証を得た。

それは彼女の右手に大きな傷跡があったからだ。

 

4年前の夏休み、僕は大食堂で片づけをしている彼女の右手にある大きな傷跡を見て

「その傷、どうしたの?」

と聞いたとき

「これね…。」

と言って右手をさすりながら、彼女はその傷が出来た経緯を語ってくれた。

 

彼女は家の手伝いで子供の頃から牛の世話をしていた。あるとき、子牛が生まれ、その牛にヤマトという名前をつけて、人一倍、というか牛一倍可愛がっていたそうだ。
ある日、授業中に気分が悪くなって早退をすることになった綾さんは、ヤマトに会いたくて牛舎に行ってみるが、ヤマトが牛舎にも放牧場にもいない。探していると、ヤマトが無理やりトラックに乗せられているところを発見する。

綾さんは

「やめて!ヤマトを連れて行かないで!」

と言って抵抗するが、無情にもトラックが動き出す。

お父さんとお母さんが制止するが、それを振り切り、走るトラックの荷台に掴みかかるも、何メートルか引きずられてから振り落とされ、トラックは行ってしまった。

その時に顔や膝を擦り剥き、右手を切って十数針ほど縫ったらしい。
 

病院から帰った後、雄牛の運命について色々と親から聞かされたのだが、綾さんに内緒でヤマトを業者に引き渡した事に納得がいかず、何日も親と口を聞かなかった。右手の傷を見るたびに、その時のことを思い出す。そういう話だった。 

それから、動物たちの生命について疑問や興味を持ち、獣医を目指している。ということもその時に聞いた。
当時中学1年生で
「創太くんは将来何になりたいの?」
と聞かれ、
何も答えられなかった自分にとっては結構衝撃的な話だったのを覚えている。

 

こうして、僕は綾さんと突然の再開を果たした。
ママが食事を終えると、綾さんは手際よく食器を片付けた。

「明日はこの子にも離乳食持ってこなきゃね。じゃあサクラちゃん、赤ちゃん。また明日ね!」

と言って綾さんは車に戻り、駐車場からゆっくりと車を出して帰って行った。



次話⇒<第13話



※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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【ライトノベル】吾輩は猫になっちゃった(仮 第11話

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<<第11話>>


 布団に横になってママに温めてもらいながら、僕は混乱した頭を一旦整理することにした。

僕は猫に生まれ変わった。白黒模様の猫に。僕を生んだのはじいちゃんとばあちゃんが飼っていた捨て猫のサクラで、生まれたのはじいちゃんとばあちゃんの家でもある、北海道登別温泉の緑雲荘。そしてここは恐らくじいちゃんとばあちゃんの寝室だ。
 

緑雲荘はじいちゃんが亡くなってから廃業したのだが、ばあちゃんが亡くなってから、母ちゃんの兄である札幌の叔父さんが相続した。蛇口の水を出したりしているのは、叔父さんか誰かがメンテナンスしているのだろう。

また、この緑雲荘は、温泉を配管で壁や床に張り巡らせるせることによって暖房しているので、北海道の真冬でありながらも館内は温かい。きっと、温泉暖房も凍結しないように循環させているのだろう。僕には少し寒く感じるのだが、それは子猫だからなのだろうか。


しかし色々考えていると、ひとつだけひっかかることがあった。

ママが言っていたことだ。

おじいさんは2回前の冬に亡くなって、おばあさんは夏に倒れて運ばれてから帰ってこない。ということだ。

じいちゃんは3年前に亡くなっているし、ばあちゃんはじいちゃんの翌年に搬送先の病院で息を引き取った。
つまりばあちゃんはおととしの夏に亡くなっているはずだ。

すると、ママが言っていることはちょうど1年前のことになる計算だ。


そこで僕は猫神様の言葉を思い出した。

たしか猫神様は、「お前にこれから肉体と試練を授ける。猶予は1年間。」と言っていた。
もしかして、僕はあの事故から1年前に猫として生まれ変わったのか?それなら説明がつくのだが、そうすると、人間の創太と猫の僕が2人、というか1人と1匹だけど同時にこの世に存在するということになる。

魂は一つしかないのにそんなことはあるのだろうか。

まぁそもそも僕が猫に生まれ変わってる時点でもう何があっても驚かないのだけれど。

 

今が何年何月何日なのか。それが気がかりでしょうがなかったが、それを確かめるすべは今のところ無かった。

電気は止まっているようだし、新聞も来ない。この部屋や玄関、ダイニングキッチンにある時計はまちまちの時間を指し示して止まったままだ。

それに北海道の冬は厳しいのでこの体で外に出ることは難しいし、やはり今、僕にできることはとにかく生きて、1日でも早く大きくなることしかない。

こうして僕は、何日か、何週間かわからないけどもママと鬼ごっこをしてたっぷり運動をし、母乳を飲みまくり、そしてとにかく眠った。

子猫ということもあってなのか睡魔の襲撃が半端ない。

母乳を飲んではすぐに眠くなってほぼ1日中寝ていた。
寝る子は育つとは猫にも言えるようで、
姿見でちょくちょくチェックしていたのだが、僕の体は目に見えてどんどん大きくなっていった。

視覚、聴覚、臭覚なども敏感になってきたし、手足も思うように動かせるようになった。

そして歯も生えそろってきた。

ママからグルーミングを教わり、体がかゆくなると、自分でグルーミングもできるようになった。伸びっぱなしで、布団に引っかかってしょうがなかった爪の研ぎ方も教わった。


そんな折、ママが言った

「坊やもそろそろお外に出てみる?」

そして僕はママと二人でようやく外に出ることになる。

ママに咥えられて階段を下り、ダイニングキッチンを横切り、勝手口のキャットスルーの前に着くと、ママが下ろしてくれた。

「お外はちょっと寒いから、少しだけよ。」

と言って、ママはキャットスルーをくぐった。僕も真似して後に続く。

キャットスルーの扉は、上部にバネと蝶番が付いていて、開けても勝手に戻る仕組みになっているのだが、子猫の僕でも簡単に開いた。
 

キャットスルーをくぐると、そこには白い世界が広がっていた。

20センチくらいだろうか、雪が積もっていて、外はとても寒い。

「坊やこっちよ。」

ママの後ろにくっついて行く。

軒下の、地面よりも1段高くなったコンクリートの部分にはちょうど雪がほとんどなく、通路のようになっていた。
そのコンクリートの段の周りを囲むように、温泉の排水が流れる側溝があるので、側溝から内側には雪が積もらないようになっている。
温泉がこの旅館を雪から守っているようだ。

勝手口から旅館の裏手を回ってずっと行くと大浴場と竹の塀で囲った露天風呂がある。
露天風呂の方からは少しだけ湯気が立っているのが見えた。

その横には、物置なのか、温泉用の設備なのかわからないのだが、ちょっとした木造の小屋があった。
側溝のコンクリートの蓋の上を伝って、小屋まで行くと、その裏側の屋根の下でママは立ち止まった。

「ここがおトイレよ。坊やもそろそろ1人で出来るかしら。」

そう、僕はこの時まで、ママの介助でトイレをしていたのだ。

「うん。やってみる。」

これが人間のときならめちゃくちゃ恥ずかしいのだろうけど、猫になった僕には人間のときのようにブラブラした目立つモノがついているわけではないので、恥ずかしくはなかった。

冷たい土に腰を下ろしてしばらくいきんでいると、チョロっとだけ大も小も出た。
「で、出たーっ!」
オバケが出たかのようなリアクションで自力でトイレが出来たことに喜んでいると

「終わったら上に土をかけてなるべく臭いがしないようにしてね。犬や熊が来るから。」
とたしなめられる。

「え!熊…?な、なんですとー!」

猫がトイレをしたら砂をかけるのは見たことがあるが、これは外敵に存在を知らせないためらしい。
こんな小ささで犬や熊なんかに襲われたらひとたまりもない。あ、でも熊は冬眠してるんじゃ…。でも犬も熊も怖かった僕はこれでもか!というくらい念入りに土をかけた。


トイレを学んだ後、側溝の上を歩いて露天風呂を回り込んで、今度は旅館の正面側の軒下を歩いた。
正面側には塀の代わりに背の高い生垣が続いていた。 

そして玄関の前にたどり着いた。なつかしい風景だ。

玄関の先、つまりちょうどダイニングキッチンの前にはちょっとした庭があり、そこに大きな桜の木があった。

「ママはね、この木の下に捨てられていたの。」

「そうなんだ…。」

「それでサクラという名前をおじいさんとおばあさんが付けてくれたのよ。その時のことはほとんど覚えていないのだけれど、桜の花びらが雪のように舞っていたことだけは覚えてる。」

僕はママが段ボール箱に入れられて、親を求めて、助けを求めて必死に泣き叫んでいる様子、桜の花びらが散る様子、それを見つけて駆け寄るじいちゃんとばあちゃんの様子を思い浮かべていた。


桜の木の先には道路に面して、小さな足湯があった。

屋根があって、その下に4人ほどが足湯をしながら座れる背の低い木製のベンチがある。
桜の季節はここで桜を眺めながら足湯が出来るという絶好のお花見スポットだ。 

「どうぞご自由にご利用ください。」

という立て看板が立っている。

足湯には今でもお湯がたっぷりと入っていて、湯気がもうもうと立ち上っていた。

足湯の周りはやはり暖かいのか雪がほとんど無かった。

「こっちへおいで。」

ママについて足湯の方へ行く。

「ここにね、毎朝、毎晩ごはんとお水をくれる人が来るの。」

毎回片づけているのだろうか。そこに餌用や水の器はなかった。

「坊やも歯が生えてきたから、そろそろごはんを食べないとね。ごはんをもらえるといいのだけれど。」


そうか。いつまでも母乳を飲んでるわけにもいかないんだな。
それに、おっぱいを吸っていると、今や生えそろった歯が当たってしまうのか、ママがたまにびくっとして痛がるような時がある。母乳は本当においしいしすごく名残り惜しいのだけど、そろそろ乳離れをしないといけないのかもしれない。

「今日の夜にごあいさつしてみましょうか。」

「うん。」
こうして旅館の外周を一周した
僕たちは、勝手口に戻り、キャットスルーから部屋へと戻った。

そしてこの日の夜。僕は生まれて初めて、というか猫に生まれ変わって初めて人間と出会うことになる。



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<<第10話>>


 ママが僕を咥えたまま部屋を出ると、そこには黒光りした板の廊下があった。

左隣に一部屋、向かいに2部屋ほどあるようだが、どれも扉が閉まっていて猫が入れる様子ではない。

ママは部屋を出て左側に向かうと、突き当りにある階段を僕を咥えたまま降り始めた。

どうやら僕たちがいた部屋は2階の角部屋にある寝室?のようだった。

 

1階に着くと、向かいに擦りガラスの障子のような引き戸があり、その隙間から中に入る。

そこはどうやらダイニングキッチンのようだった。

大きなテーブルがあり、椅子が4脚置かれていた。

ママは僕を咥えたまま、テーブルの上にジャンプし、テーブルの上に僕をゆっくりと下した。

「ここがおじいさんの席、おばあさんの席がここ。ママはいつもおばあさんのとなりか、おじいさんやおばあさんの膝の上にいたの。」

と言って、ママは懐かしそうな顔で椅子を眺めていた。

テーブルの向こうにはテレビがあり、それを見ながらおじいさんとおばあさんとママが楽しく歓談している様子が目に浮かぶ。

「テーブルの上はね、登ると怒られちゃうから登ったこと、あんまりないのだけれど。」

とママは申し訳なさそうに言う。

 

奥には大きなキッチンがあった。

一般家庭の倍以上はあるかというくらいの少し大げさなキッチンだ。

ここはお料理屋さんか何かなのかな…。

ママが僕を再び咥えて、テーブルから降りて、キッチンの方へ向かった。

「いつもここで大勢の人間のごはんを作っていたわ。」

「おじいさんとおばあさん以外の人間のごはんを?」

「そうよ。あるときからは、人間が少なくなって、おじいさんとおばあさんだけになったのだけれど。」

 

キッチンの右角には勝手口があった。

「ママはよくここでごはんを食べていたのよ。」

勝手口には、ビニールのマットが敷かれていて、そこにお盆が置いてある。

ここに餌や水の器を置いたのだろう。
 

そして勝手口の扉には小さい猫用の扉が付いていた。後から知るのだが、これはキャットスルーというやつで、猫や犬が扉を施錠していてもいつでも出入りできる動物用のドアだ。

「ここからお外に出られるのよ。でも坊やはまだ出ちゃだめよ。外は寒いし危険だから。」

「はい…。」

ママは僕を咥えると、今度はシンクに飛び乗った。

シンクでは、蛇口からチョロチョロと水が出ている。

「蛇口を閉め忘れたまま誰もいなくなっちゃったのかなぁ…。」

そう思っていると、ママが

「これはね、凍らないようにしているのだそうよ。おばあさんが言ってたわ。」

なるほど。良く洗面所の蛇口を閉め忘れると、母ちゃんから、「ここは北海道じゃないんだから!」と怒られた記憶がある。冬、寒い地方では水道管が凍結して破裂しないように水を出しっぱなしにするのだそうだ。
「ママはいつもここでお水を飲んでいるの。坊やも飲むかしら?」

ママは蛇口から糸のように流れ落ちる水を上手に飲んでいたが、僕には難しそうなので、断念した。

 

ママはおいしそうに水を飲んだ後

「さぁ、他の場所にも行ってみる?」

と僕に尋ねた。

「うん。行きたい。」

そう告げると

「じゃあ行くわよ。」

と言って僕はまたママに咥えられた。

ママはシンクから飛び降り、今来た道を戻った。

そしてダイニングキッチンを出て左に向かうと、その先には長い廊下が続いていた。

少し行くと、藍染の暖簾があり、それをくぐると右手に大きく明るい玄関があった。

そこで一旦ママに下ろしてもらう。


しかし大きい。一般家庭ではありえないくらい大きな玄関だ。

靴を横に並べたらゆうに20足くらいは並べられるのではないだろうか。

「ここは料亭とか、そういうお店なのかなぁ。」

と思いつつ、周りを見回す。

両側には大きな下駄箱があり、その上には木彫りの熊の彫刻や、キツネの剥製などが置いてある。

それを見て僕は既視感に襲われた。デジャヴってやつだ。

「この光景…。どこかで見たことがある…。まさか…。」

とっさに僕は玄関を入って正面の壁を見上げる。

それを見て僕は絶句した。

 

壁には「緑雲荘」と掘られた木の看板があった。

「えっ…。な…なんで…。」

緑雲荘は、この前、川で会った、母ちゃんの両親である、じいちゃんとばあちゃんが営んでいた8部屋ほどの温泉旅館だ。

住居兼旅館になっていて、じいちゃんが病に倒れて旅館は廃業し、ばあちゃんは亡くなるまで1人で住んでいた。
僕が小さい頃、何度か家族で来たことがあったし、じいちゃんやばあちゃんの葬儀でも来た事があった。しかしそのときは客室に寝泊りしていたし、食事はお客さん用の大食堂を使っていたので、今の今まで気が付かなかった。

 

それと、じいちゃんとばあちゃんは確か、サクラという名の捨て猫を飼っていて、その猫は看板猫としてお客さんに可愛がられていたはずだ。

「すると、ママは…もしかしてサクラ…なのか…?」

僕たちが遊びに来たときは猫嫌いな父の雰囲気を察してか、サクラが全く近寄って来なかったので、どんな猫だったのかほとんど記憶にない。

…しかしその予想は的中した。

 

緑雲荘の看板の下には「ようこそ!登別温泉へ!」と書かれたプレートがあり、その下に大きなコルクボードがあった。

そこには、色紙に書いた寄せ書きや、写真、はがきなどが所せましと貼られていた。

「緑雲荘さん!ありがとう!」

「旦那さん、おかみさんありがとう!また来ます!」

「お食事がとてもおいしかったです!」

「登別温泉、緑雲荘最高!」

「また来ます!その時はよろしくお願いします!」

など数えきれないくらいのメッセージや、じいちゃん、ばあちゃんと写るお客さんの写真があった。その中には、やはりママの写真が何点もあった。

「サクラちゃん元気でね!」

「来年もいっぱい遊ぼうね!」
「サクラちゃんにいっぱい癒されました!」 

というメッセージとともに写るママの写真。
 

それを見ながら僕は泣いていた。 

そのボードには幸せがいっぱい詰まっているのに、それが壊れてしまった悲しさ。
何も知らず、何も出来なかった、何もしてこなかった自分への悔しさ。
ママがサクラであったことの驚きや、感動。
今まで感じたことのない、色んな感情が渦巻いて、喉の奥が締め付けられるような痛みを伴って、僕は泣いた。
僕の様子を察してか 

「ごめんね坊や。ちょっと怖かったかしら。体も冷えただろうから、戻りましょう。」

と言って、ママは僕を咥えていつもの押入れの中へと帰っていった。

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