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<<第14話>>
綾さんを見送って、僕たちはトイレを済ませると、すぐに押入れの中に戻った。
それはごはんを食べるとすぐに眠くなるからだ。猫というのは本当に良く寝る動物だということを僕は身をもって知った。僕の場合は子猫というのもあるのだろうけれど、ママも結構寝ていたし。
夜には綾さんがやってきた。
綾さんの車の音には何か特徴があるのだろうか。ママは綾さんの車とほかの車の音を聞き分けているようで、綾さんが来ると寝ていてもすぐに起きて耳をピクピクさせていた。
「坊や、綾さん来たみたい。ごはんの時間よ。」
と言うと、僕を咥えて押入れから飛び降りる。
キャットスルーを潜り抜けると、足湯の方から声がする。
「サクラちゃーん、ココアくーん。」
「こんばんはー。」
「こんばんは!綾さん!」
僕たちはそれに答えながら縦になって足湯の方へと向かう。
綾さんはいつものようにごはんの準備をしている。
ごはんの準備が出来ると、3人で一緒にいただきますをしてからごはんを食べた。
僕は相変わらず生もんじゃ。ママは白身の魚と野菜。綾さんはラップに巻いたおにぎりと、タッパーに詰めたブロッコリーやウインナーや唐揚げのようなものを食べている。
3人とも食べているものはバラバラだったが、やはり3人で一緒に食べるごはんはとてもおいしかった。
しかし、食べながらも僕は綾さんのことが気になっていた。綾さんは毎朝毎晩、ママや僕にごはんをくれるために来てくれている。いつから綾さんはこの生活になったのだろうか。この近くに住んでいるのだろうか。学校はどうしているのだろうか。
そんなことを気にしながらも、僕はごはんを完食し、お皿をキレイにペロペロと舐めた。
「ごちそうさまでした。」
と言ってから僕は、フォークに刺した唐揚げを食べている綾さんの膝の上によじ登る。
「綾さん、今どうしてるの?」
と聞いてみる。すると
「おいしかった?そっか。良かった良かった!」
と言って綾さんに頭を撫でられる。
「いや、そうじゃなくて!綾さんここの近くに住んでるの?」
と再度聞いてみる。
「ん?ココアくん、これ食べたいの?ダメよ、これは塩分も油も多いから。」
綾さんは今度は持っていた半分食べかけの唐揚げを全部頬張った。
うーん、やっぱり僕の言葉は伝わっていないようだ。僕には人間の言葉も猫の言葉もわかるのだけれど、綾さんには猫の言葉はわからないようだ。ちょっともどかしい。
しかし、綾さんの生活となりは、しばらくして判明することになる。
数日後の夜。こうして僕たちが綾さんにご飯をもらっていた時だ。
綾さんがこう切り出した。
「ココアくんもそろそろ病院行かないとね。サクラちゃんも定期健診ね。」
「び、病院?いや、あ、あの僕ピンピンしてますけど。」
病院が大嫌いな僕が強がってみせると
「坊や、お病気しないために病院に行くのよ。大丈夫。怖くないから。」
とママに諭される。
翌朝、ごはんを食べ終わると、僕とママは綾さんが用意したキャリーケースに入れられて病院に行くことになった。
綾さんは軽自動車の助手席にキャリーケースをシートベルトで固定すると、車のエンジンをかけた。
車の中では浜省の曲が流れていた。
いまどきの女子はEXILEとか三代目J Soul Brothersなどを聞きそうだが、ちょっと男勝りで少しやんちゃなイメージの綾さんに浜省はなんだかぴったりな感じがして少しおかしかった。
車に揺られてどれくらい時間が経っただろうか。僕とママは食事をしたおかげで眠っていたが、綾さんの
「着いたわよー。」
という言葉に目を覚ます。
キャリーケースの中からなので、見える景色は限定的だったがそこは雪がありつつも緑豊かな公園のようなところだった。
綾さんの持つキャリーケースに揺られていると、何かの建物の中に入った。
そこはまさに病院の待合室。という感じだったが、普通の病院とは少し様子が違った。
それは犬を抱っこしたり、キャリーケースを持った人がいっぱいいたからだ。
これが動物病院か…。キャリーケースの金網状の扉のところから見回すと、ぐったりして辛そうにしている大型犬や、キャリーケースの中で興奮して背中の毛をそば立てて「病院やだよ!帰ろうよ!」と言って暴れている猫、ぐっすり眠って夢見心地のフェレットの兄弟など色々な動物がいた。
「あなたの猫の方が可愛いわよ。」などとお互いのペットの褒め合いをする奥様連中みたいのもいるが、ほぼ一様に飼主さんは不安げな顔をして自分のペットに「大丈夫だからね。」などと声をかけている。
キャリーケースの扉のところからそんな様子をかぶりつきで見ていると、綾さんがぬん!と顔を出して
「ちょっと待っててね。」
と言って、廊下の方へ消えて行った。
「うおー。超不安なんですけど。綾さーん!」と心の中で叫んでいると、しばらくして綾さんが白衣を着て現れた。
髪の毛を後ろで縛って、表情もキリっとして先ほどまでの生活感のある綾さんとはまるで別人だった。
綾さんはキャリーケースを持ち上げると膝の上に置いた。
さらにしばらくすると、受付から声がかかる。
「ハヤミさーん。」
「はーい。」
綾さんが立ち上がるのと同時にキャリーケースが持ちあがる。
綾さんの苗字はハヤミなんだな。という思考よりも、ついに僕らの番か…。というのが先だった。
診察室に入ると、そこは人間の病院とは少し違っていた。
先生のデスクやパソコンやレントゲン写真を差すやつとか、患者さんというか飼主さんの座る椅子という感じはそのままなのだが、その奥にいきなり手術台のようなものが見える。
その物々しさに怯えていると、ママが
「大丈夫よ。」
と言って舐めてくれるのだが、全然だいじょばない!(=全然大丈夫じゃない!)見たこともない器具や機械がいっぱい目に入ってくる。
すると、まずママがキャリーケースから綾さんに抱き上げられて、診察を受ける。
「サクラちゃんだね。」
と白髪で眼鏡の先生がカルテのようなものを見てから
「じゃ診察台へ。」
と言って綾さんを促す。
ママは籠の乗った体重計にのせられて体重を計った後、今度は手術台みたいな緑色の台に乗せられて、聴診器を当てられたり、体中を触診されたり、口をいじられて歯の様子を見られたりしている。
綾さんがその都度、ママの体位を変えたりしている。とても慣れた手つきだ。
「うん。なるほど。じゃぁ採血。」
と白髪眼鏡先生が言うと、綾さんは今度は奥から注射器を持ってきた。助手らしき若い男性も1人いるのだが、その男性を差し置いて綾さんはテキパキと作業した。綾さんはここで研修でもしているのだろうか。
ママが診察台の上で綾さんのされるが儘にしていると、白髪眼鏡先生がママの右腕に注射器をブスッと指して採血をした。思わず目を逸らす。なんだか自分がされているようで体がむずむずする。しかし採血はあっという間に終わった。
「結果はまた明日でいいかな?」
「はい、先生。」
そう言うと綾さんに抱かれてママがキャリーケースに戻される。
「ママ、痛くなかった?」
と聞く間もなく、今度は僕がママと入れ替わりにサッと取り上げられる。
「ちょ、ちょっ、ま…って。」
否応なく綾さんは僕を抱き抱えて飼い主さんの席に座った。
白髪眼鏡先生が
「この子は?」
と聞くと、綾さんがそれに答えるのだが、その内容が衝撃的すぎて僕の思考は一旦停止することになる。
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※本作品は小説投稿サイト「小説家になろう」に同時投稿しています。
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